1DKの忘れ物 8

再び電気を点ければ、そこは改めて殺風景さを感じる六畳。その中央の行為に乱れた布団はすでに整えられ、二人はそこで最後の時間を過ごしていた。
布団の上に腰を下ろした牧の膝に木暮が頭を乗せ、ややぐったりと寝そべっては天井を眺めている。そんな木暮の様子を牧が見下ろし、彼もまた茫然と、静かな呼吸を共にしていた。カーテンの遮らないヘッドライトの明かりと車の走る音、時折人の足音、電話の声が聞こえるだけの時間がただただ流れ、「どうした?」の牧の声で漸く静寂が解かれた。どこか憂いを帯びた遠目が、少し間を置いて牧の顔を視界に入れた。
「ああ、だってさ……」
体を横に、ごろりと牧の腹を向きながら木暮は言った。
「もう今日でここに二人でいるのが最後なんだなって思ったら、なんか思い出すこといっぱいで……」
そう言う途中にも、牧の腹に表情を隠すよう押し付けていた。先程の行為でぐったりとしていたのではなく、木暮はあれから二年間を一人振り返っていたのだ。再び見上げた木暮の目にはうっすらと涙の膜が張っていた。
そんな木暮の涙は、二人がここに住み始めた初日から早くも牧の前に晒された。卒業式を振り返って零した、あの純粋な涙が牧の心を大きく揺るがしたのだ。
木暮は今にも溢れそうだった涙を拭うと、それでもまだ潤んだ瞳のままで、二年前の真相を告げ始めた。ここで過ごす最後の夜、忘れ物などないように…………二年分の清算が始まったのだ。
「……俺大学始まってすぐ、寂しくて寂しくて仕方なかった。いつも隣で寝るお前の背中が、もう泣きそうなくらい冷たく見えたりして、どうにかなりそうだったよ。ゴールデンウイークに実家帰ったのも、本当に辛くておかしくなりそうだったから。もう俺、あの時から牧のこと好きだったんだ」
切なく零された告白に、牧は掌で自らの胸元を掴み、そこに言葉を詰まらせていた。その事実は日記にも綴られていたが、本人を目の前に、その口から聞く告白は今日も牧の心を撃ち抜いた。
その苦しさを紛らわすよう、牧は視線を外して言った。
「その時に言ってくれればよかったんだ」
「でも牧は忙しかったから、こんなこと言ったら怒られる、嫌われるって思ったよ。あの後泣いて、事実お前に怒られたもんな」
「それはお互い様だろ」
「いいや」
木暮は左右に首を振るが、その頃牧も同じ理由で苦しんでいた。しかしそれをまだ、木暮に明かしたことはなかった。
「いや……俺も辛かった。俺だってずっと木暮に触れたかった。隣にいるのに触れられないもどかしさにずっと押し潰されそうだった。だが俺の手で木暮を汚してしまうのも気が咎める。しかし触れてはいけないと思うと却ってだな…………毎日が葛藤だった」
そう情けなく零せば、ゆっくりと上体を起こした木暮は不機嫌そうに、正面からその頭を牧の肩に乗せる。熱を孕むぼんやりとした眼差しで体重を全て牧に委ね、そして木暮もまた、女々しい言葉を放った。
「汚してくれればよかった」
「……いや、これでよかった」
互いに勝手を言い合い、擦れ違っていた時間すら掌で触れるように、その時間すら埋めるよう二人はきつく抱き合う。この狭い1DKで過ごした時間あっての今が、今もこの1DKに刻まれる。そこにはもう、異なる三つの時計の音も冷蔵庫のモーター音も聞こえないが、息衝く二人の呼吸はいつも、誰より近いところにある。
「木暮……ずっと一緒にいてほしい」
壁際の、残した少ない荷物を目に牧が呟いた。
返事は分厚い胸の中で、小さく肩を震わせ、鼻を啜る音が響いた。




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