翌朝。すでにカーテンもない、差し込む光そのままに照らされた室内に残る荷物が玄関傍に纏められた。
すでに玄関に立った二人は少しの間、そこから部屋の中を眺めていた。そこには二年前の、ここに初めて踏み入ったその日のままの狭い1DKが広がっていた。
まだ手付かずだったこの部屋に二人の私物を持ち込み、足りない物を買い足し、汚れては洗い、壊れては直し、二人の城を築き上げてきた。手前から浴室、キッチン、リビングに仕立てたダイニングとベランダ、奥の六畳の寝室。隅々まで掃除したものの、二年間の笑いと涙は今もそこら中に散らばり、ありありとその残像を映し出す。
「木暮泣くな」
隣の涙に気付いた牧は半分呆れつつ、今にも頬に伝い落ちそうな雫を親指で拭った。
しかし感極まった木暮の涙は止むことを知らず、寧ろ溢れ出してしまうのは今牧が「泣くな」と言ったからだ。眼鏡を外し、下を向きさめざめと泣き、コートの袖で涙を拭う木暮を牧が自らの胸に引き寄せた。
「今更引っ越しをやめるわけにはいかんぞ」
「わかってるよ」
木暮の返事はまだ鼻声で、頭を上げようとしない様子に牧は後頭部を掻く。拙い慰めを口にする。
「そうだな……いつかでかい一戸建てにでも住むか?」
「俺は、普通でいいよ」
「普通か。あんまり遠慮するのも愛嬌がないぞ」
牧の台詞に木暮は何かを思い出したようで、持ち上がった涙顔のまま一笑に付した。
そうしてドアノブに手を掛けると、二人は今一度室内を顧みる。
「忘れ物はないか?」
「ああ」
「ゴミは捨てたし他も確認したし……大丈夫だな」
そう言って、布団を含む大きな荷物を抱えた二人は慣れ親しんだ部屋を、アパートを後にした。日差しの暖かな快晴の下、ドアを閉め鍵を閉め、今までいってきますを言ったそこにさよならを言った。後ろを振り返ろうとした木暮を止めるよう、その背中に牧の掌が触れ、二人は一歩を踏み出した。
それからいつか世話になった銭湯、すでに挨拶を済ませた大家宅、昨夜行ったばかりのスーパーに商店街を潜り抜け、通い慣れた駅へと向かう。きっともうあまり足を運ばないだろう、きっと電車で駅を過ぎ去るだけとなるだろうこの街にも優しく背中を見守られ、二人は次の新しい住まいとなるアパートへと旅立っていった。
「また二年、よろしくな」
「こちらこそ」
並んで揺られる電車の中で二人は拳を突き交わす。あれから二年経った今日、二人の二年契約が新たに結ばれたのだった。
――――それから数日後のこと。
二人の出て行ったアパートにはすでに新しい入居者がいた。男はまだ何もない室内で、まずは持参した荷物を六畳の押入れへ運ぼうとしていたが、うまく押入れの戸が開かない。力いっぱい引けばどうにか戸が開いたと同時に、戸の裏側に挟まっていただろうある物が落ちる。
「なんだこれ……?」
手を伸ばして拾い上げたそれは『EDEN フリータイム割引チケット』が二枚、そして一冊のノートだった。
「……………」
一冊の中を捲った男は中の文を読むなり、忽ちわなわなと震え出す。そして激しい歯噛みの合間、憎しみに湧く声を発した。
「牧さん、あんた最低だ…………」
男は記名のないそのノートを、掃除の行き届いた六畳へ無残に破り散らした。
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