二十歳になったら 3

――十二月十八日。
数冊のノートや本を抱えた木暮は、木漏れ日射す大学の廊下を友人と並んで歩いていた。
「木暮もうちのサークル入れよ。夏はイベントもあるし、何より女子がいっぱいだぜ?」
「いやあ、俺はバスケがしたいだけなんだ」
「なあに殊勝ぶってんだか。そういうの、今時モテないってば」
「勝手に言ってろよ」
調子のいい同級生を軽く小突き、休憩がてら読書をしてくると言ってその友人と別れた。そして廊下の角を曲がってすぐ、前方からやってくる長身の男を見てははたと足を止めたのだった。
「っと、神……だよな? 海南の」
牧より更に背の高い、且つ対象的に色白である海南のスリーポイントシューター。その身長分ほど近付いたところで木暮が声を掛けると、ブレザーを纏った神も木暮のティーシャツを目にするなり、首を傾げつつ足を止めた。
「え……っと……」
「俺、元湘北ベンチなんだ」
そう自ら名乗れば、その正面で「ああ、湘北の……?」と数瞬を置く神もまた、あの強烈な湘北メンバーのおかげで記憶が霞んでいるようだ。
「それより、なんで神がここにいるんだ? あ、もしかしてオープンキャンパス?」
「ええ。さっき体験授業行ってきたところです。大方ここに決まりそうなんで」
そう聞いて、木暮はまじまじと見開いた目で上にある小顔を見上げた。
「え……? じゃあ、バスケは?」
この大学は木暮の属するサークルしかない。神の実力を以てのその選択は彼を知る皆が嘆くはずだ。
「もちろん辞めるつもりはありませんが、ここはサークルしかないと聞いて、ちょっと迷ってるところかな?」
「それなら俺、入ってるんだ。よかったら少し覗いてみるか? ……といっても今日は休みだったな」
「そうですか。でもまた来週来る予定なんで、その時」
「いやあ、ほんと汗流す程度なんだけど。じゃ、また」
そうにこやかに立ち去る木暮を、どうも、と見届けた神は、今漸く昨年の昨年の決勝リーグを思い出したようだ。そういえば……と五番のない背中を見つめ、そしてそんな木暮の足元に目をやれば、先程木暮が抱えていたノートの一冊が床に落ちていた。
「あ、それ……」
神はすぐ呼びかけたものの、すでに他の生徒の往来もある中で本人は更に先へ、名前も知らず名指しも出来なければ、木暮が振り返ることもなかった。
「仕方ない。次回でいっかな」
ノートを拾い上げた神は、壁に貼られた掲示板のサークル紹介を前に、一人立ち尽くしていた。

その晩、玄関でその先輩を出迎えた木暮が嬉々として早速伝える。
「牧、今日学校に神がいたぞ」
「神……? なぜまた……」
「来年から、うちの大学に通うそうだ」
久々に耳にしたその名前で、牧の頭にぱっと蘇ったのは今年の決勝リーグ、常勝の砕けたあの日だった。
「来週、サークル覗きにまた来るってさ」
木暮の続報を聞いて牧は顔を上げた。
「木暮悪いが、その日神をここに呼んでくれるか?」
「わかった。言ってみるよ」
――卒業以来、海南高校バスケ部とは特に何の接触もなかった。こうも忙しくては仕方ないが、それ以上にあのインターハイ出場の絶たれた瞬間が今も牧の頭に焼き付いていた。そのことで神に何を言いたいわけではないが、また来ると言うならいい機会だ。重い常勝を背負ったキャプテン同士、胸の内を交わしておきたい。そして先のことについても先輩として聞いておきたい。
もしあの決勝リーグで自信をなくしての進路とするなら、そこは一言言う必要がある。いや、神に限ってそんなことはないと考えるが……
「そういや、もう選抜予選は終わったんだよな?」
という木暮の声に応じつつも、インターハイは逃したが、選抜はどうだったのか。まさか引退などしていないよな……といよいよ考え込む。そしてはっと閃くなり、鞄から手帳を取り出した牧は後ろの受話器を取った。ガチャッと置いてはまた、手帳に記された次の番号を入力していた。
その背後で、鞄の中を探っていた木暮が電話の合間に声をかける。
「そうだ牧、ノート知らないか?」
「ノート?」
「ああ。特に記名もないノートなんだが、いや知らないならいいんだ」
「うん、知らんな」





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