二十歳になったら 2 |
――十二月十六日。 その日も練習を終えた牧は、今駅を出たところ。一時間早く帰るようになったといっても空が暗いことに変わりないが、今日は少し雰囲気が違った。 「あ、そうか……」 いつもの駅前がより明るく、華々しいのはこの所為だった。どの店からもキラキラと流れる続ける聖なる曲、異国情緒漂う装飾は緑と赤のコントラスト、宣伝用のポップには皆、彼へ、彼女へのクリスマスプレゼントに、とある。当日までまだ二週間はあるというのに、どの店も競うようにしてこのイベントを盛り上げる。いや、利用している。本来ならイエスキリストの生誕を祝う聖なる日だが、日本では売上アップを図る盛なる日、そしてカップルのための性なる日だと、浮かんだ牧は少し満足気だ。 実にくだらない、自分には関係ないと足を進めていたが、『大切な恋人へ……』そんなポップを幾度と目にする度、頭にはその人の顔が浮かびっ放しだった。 あの日、瞳を潤ませたまま好きだと告げたあの男が、あの苦しそうな顔が、あの切ない夜更けが、今も牧の胸奥に深く刻みこまれていた。 少し足早に駆け込んだアパートで、お馴染みの玄関で、出迎えた相方を前に尋ねた。 「木暮、なにか必要な……」 「ん? なんだ?」 「いや、なんでもない」 牧は顔を背けてしまった。 靴を脱ぎ室内へ、すでに夕食の乗った食卓の前に腰を降ろし、今日も自分の居ぬ間に用意された夕食をまず眺める。その後ろから戻った木暮も傍らに腰を下ろし、揃ってテレビを見ていると、そこにコンタクトレンズのCMが流れ、木暮が箸を止めた。 「ああ牧、俺今度コンタクトにしようと思うんだ」 「コンタクト? なぜまた急に」 「特に意味はないけど、気分転換みたいなものかな?」 牧は箸を置くと、無言で木暮の眼鏡を外してはまじまじとその奥を見つめた。日中はまず目にすることのない、本来の木暮の素顔を食い入る様に見つめ、素っ気なく言い放った。 「やめとけ」 「なんで?」 「あれはだな……その、慣れるまでが結構面倒なんだ。眼病のリスクもある」 歯切れの悪い亭主関白ぶりを怪訝に見つめる木暮に対し、牧はその手にあるラウンド型のレンズを覗き込んだ。 「だいたい、木暮はそんなに目悪いのか?」 「ああ。今もぼやけてるよ」 そうか……と、牧は天気予報を伝えるテレビ画面を指すと、こう訊いた。 「木暮、あの文字も見えないか?」 木暮は指された先の文字をじっと見つめるが、やぶにらみがちに窄めた両目は形を捉えていないようだ。 告げられた「上昇だ」の答えに、「えっ、常勝?」と首を傾げる木暮の目に漸く度数が戻され、画面に答えを確認する。 「なんだ、上昇気流か」 そんな夕食を過ごしていた狭いリビングに、今一本の電話が鳴り響いた。立ち上がった木暮がいそいそと受話器を取ると、「牧、おばさんからだ」と息子に受話器を手渡した。 やがて受話器を置くなり、牧がその内容を告げた。 「今度野菜を届けに姉が来るらしい」 「牧、お姉さんいたのか?」 「ああ」 「うちも姉いるんだ」 「そうか。いくつだ?」 「四つ上と六つ上」 「うちも四つ上だ。来週火曜の夜、俺が帰る頃に来るそうだ。まあ一つ頼む」 しかしその姉が持ってくるのが野菜だけではないことを、二人はまだ知らなかった。 |
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