住 ま な い か 10 |
霞む月明かりに照らされた、木暮の甘えた唇を貪るよう啄む。頭を支え腰へ腕を回し、やや執拗に、彼の欲しがる以上に与えてやる。こういうことなんだろ……? とは胸の中で、甘く強気に攻め立てた。 理性は今正に飛び立とうとしているがなんとか繋ぎ止めている状態だ。が、そこにもっと……と言わんばかりの木暮の手がぎこちなく背中に回された。薄目で確認した瞳は遠く、どこか恍惚を浮かべる表情はすでに明日の入学式など頭にないらしい。 よって理性は突風にでも吹かれたように飛んでいった。漢字もわからない。すぐに離した唇で、牧は不機嫌に言い放った。 「俺は木暮が大嫌いだ」 まるで自分の苦難を嘲笑う木暮が嫌いだと、呆気に取られる彼を欲望のままに押し倒した。 「牧…………?」 今日の牧はおかしいと、木暮も多少の違和感は感じ取った様子だ。キョトンとした目であどけなく見上げている。 そんなウブな彼へ、視線を絡めた牧は今、恋抱かれる瞬間に胸を潰されていた。 「好きだ木暮……」 言ってしまえばあとは無心に、再度抱き寄せ、擦り寄った首筋へ舌を這わせる。 「わっ」と慌てる声も微かな湿りを帯び、竦めた首を執拗に追えば小さく身体を震わせ、それは快感として、木暮の身体を少しずつ浸食し始めたようだ。表情を強張らせ、もぞもぞと蠢きながら地味に逃れようとする。さすがに今日は無抵抗でいられないようだ。しかしその姿がまた、牧の欲に火を点け、今行き着いた耳の外側を熱い舌で這う。 「なっ、やっ……」 密着する傍から高めの声が飛び跳ね、喉仏を大きく反らしていた。 ……明らかな反応だった。牧は更に奥の、その聴覚にまで舌先を伸ばす。ビクつく全身を抱き竦め、小さな震えも身の内に封じた。 「牧……ぃ…………」 苦しそうに振り絞る声が必死で呼びかけている。聞き流す牧の両肩を押さえながら、木暮は再び訴えていた。 「一旦、止めて…………!」 牧は漸く身を引く。大丈夫か? と心配の眼差しを真下に落とす。 木暮は乱れた呼吸を荒く落ち着かせ、逆上せた顔でやっとの言葉を発した。 「ハァ……。牧、俺…………俺、変…………?」 その意味もおぼろげな質問には忽ち顔を顰める牧だ。変というのもまた解釈の分かれる言葉で、今の木暮が変かと問われれば…… 「いや、寧ろ俺をその気にさせてる」 「あ……そう?」 と、何もかもわかっていない木暮にも是非質したい。果たしてどこまでが許されるのか。このまま最後までさせてくれるというのか。 牧は起き上がり、木暮の片腕を引き寄せながらその背中を支え起こす。じっと真正面の瞳を見据え、その本心を質した。 「木暮は、俺をどこまで受け入れる気だ?」 「どこまでって……」 牧はわかりやすく要点を言い変える。 「俺の性欲を受け入れられるか?」 「えっと、性欲ってその………………」 ……更に難問だったようだ。 やはり通じないほど無知な木暮には、言葉でわからないと言うのなら、仕方ない。 「……これならどうだ?」 ……驚きのあまりそれは言葉を失っていた。木暮は専ら目を剥き、引き下がることもしない、じっと身動きもせず呼吸すら止めてしまったようだ。 牧はその形に触れていた。今木暮の腹の下にある男性器をしっかりとこの掌にあてがい、直に身体でわからせる。まだ異性を知らないと言うソレを、同性である自分の手によって全てを伝えたい。 しかし程なくそれは、重ねられた手によって無言で払われてしまった。 「……あ、ご、ゴメン…………」 慌ててすぐに詫びる木暮だが、牧が何も言わなければまた力無く俯いてしまう。 牧もまた、自分の行動への反省とやはり受け入れてもらえなかったことへの落胆で暗い影を落とした。 「あ、いや……もう寝るか」 呟いては静かに布団へ戻り、横になり背中を向けた。 落胆したことで下半身の熱を冷ましてくれたのは良かったかもしれない。が、やはり少し期待をしていた。このまま自分のものになってくれるとやや過信にあったようだ。 背中の彼はまだ布団に入っていないようで、座ったままか、全く身動きの音がしなった。 「あ……あの牧、俺別に、嫌だったわけじゃ……」 と、背中へ機嫌を請う不安の声は未だ気にしていたらしい。 「いや、今日は終わろう。明日学校だろ? もう遅いぞ」 語調は柔らかくも若干冷ややかな声で促すが、返事はない。やがて布団に潜る音を聞き届けたのは数分後だった。 漸く瞳を閉じる牧だが、決して怒っているわけではなかった。悲しくはあるが辛くはない。木暮を汚さずに済んだことには正直安心している。綺麗なままの彼を、その綺麗さ故まだ汚したく思っていないのだ。あんなことをしておいてのその考えは明らかに矛盾するが、彼を大事に想う心がそう促していた。木暮により引き出された清い恋心を優先したかった。牧もまた、自分の中の純粋な気持ちに驚いていた。 |
戻9 | 10 | 次11 |