見えない鎖を断つ方法 3 |
翌日、乗り継ぎを重ね少し迷い、初めてのゆりかもめに乗る。晴れ空に細雪の散らつく今日は予報どおりのホワイトクリスマス。思いの外家族連れもグループも多く、混雑を極めた車内に暫し冬の寒さを忘れる。暖房が効いて少し暑いくらい。 実は昼前にアパートを出てからずっと、いや、これまでも神の首元が寒そうで密かに心配していた。ただ今日の彼はご機嫌なようで………… 「あれ? 洋平どこ?」 ……なんて嫌味は頭上からだ。洋平は隣の吊革を掴んでいるというのに、周囲に溶け込む黒い頭を避けて見回す神がいる。 「で、昨日神さんの言ってた買いたいもんって何なの?」 コートの外では常に浮いた長身に窺えば、ああここにいたんだ、という先程に続くお約束。へいへい、と受け流した洋平の質問もまた受け流されてしまった。 「ああうん、いいのがあったらね。それより洋平の部屋着だよ。毎回俺の半纏とられるの勘弁だし」 「あれあったかくて気に入ってんだ。俺にくださいよ」 「えー」 「俺が今日別の買ってやるから」 「別のって、そのスカジャンの柄は勘弁だよ」 それは洋平の今日の防寒着、背中を飾る眠れる虎に彼の視線がちくちく刺さる。 「ちぇ、神さん案外似合うのに」 「そんなの着て正月帰ったら親が泣くよ」 程なく電車を降り、人の流れに沿って行けばすぐ目的地に辿り着いてしまった。 昨日テレビの向こうに見た景色が目の前に、巨大なクリスマスツリーに出迎えられ、購買意欲を煽られるままデパートの入口を潜る。装飾からBGMまでクリスマスカラーに染まる店内を見回しつつ、時々人とぶつかりそうになりながらしっかり隣に並んで歩き、ほぼ女性の衣料品、雑貨コーナーの一階を過ぎ、二階、三階へ上がり、漸く目当ての寝具コーナーへ。最早寝巻きである必要のない小洒落た色柄を物色した。 「神さん、サイズいくつ?」 「XXL……なんてね。いくつって言っても半纏だろ? んー、エルエルかな」 エルエルね……とモダンな半纏を見定める傍から、神は棚より高い位置から向こうの店を眺めていた。 「俺あっち見てくるよ」 そう言ったきり、彼はどこかへ行ってしまった。それは会計を済ませても戻る気配はなく、十分待っても戻らないことにはデカイ迷子を心配する。店舗を隔てる柱の前に一人立ち尽くす洋平だが、絶えず過ぎ行くカップルを前にだんだん居心地が悪くなり、思えば場違いな自らの装いに視線を下ろしていた。 ここは一つ、迷子のお知らせを願おうとも考えたが、とんでもない仕返しが待っていそうで断念。もう少し待ってみるかと向かいの店舗へ赴いた矢先、突如上から頭を押さえ付けられ、今日数度目の溜息を吐く。 「ハァ、こりゃ迷子のお知らせやるべきだったな」 「スカジャン着た厳つい男が……って?」 「いや、百八十九センチのいい男……いやもういいわ。それよりどこ行ってたの?」 待ち侘びたその人の右手には掌に余る小袋。 「神さんなんか買ったの?」 「ちょっとね。他に見るとこある?」 「いいや」 「じゃあ帰ろ」 またもはぐらかされたことはさて置き、目的さえ済んでしまえばあとは踵を返すのみ。男の買い物とはこんなもの、無駄な物色はせず通路を戻り、エスカレーターを降りた。 帰りに遅い昼食をどこかで取ればいいだろう。気前良く奢ってやりたいと、洋平が小鼻を擦り上げたその手前で、ぼんやり余所見をしていた神がふと声を上げた。 「あ、可愛い……」 その輝く瞳を奪う最も罪な存在とは………… 「…………犬?」 丁度二階へ下ったところにペットショップが構えていて、無邪気に駆け寄る神の後を追い、洋平もエスカレーターを降りた。 「ちっと神さん……」 神は店頭のポメラニアンに見向きもせず、奥の小さなフレンチブルドッグの前へ足を踊らせる。前屈みにガラスの向こうをきらきらとした視線で愛で、いつになく眉尻を下げて言うにはこういうことだ。 「このブサイクな老け顔で甘えてくるのがたまんないよ」 「んー、わかるようなわかんねぇような……」 幼くして頬の垂れ下がったブルドッグより隣のムクムクとした柴犬の方が可愛く見える。ついでにぐるりと見回せば、子猫の方がより庇護心を煽る。あそこの真っ白な猫なんか特に美人で愛らしいじゃないか。シミ一つないしなやかな毛並み、すらりと伸びた四肢、パッチリとした瞳がつい隣の横顔と重なり、今日も今日とて恋をする。その大きな瞳に映る子犬まで彼に甘えているようで、気付けば虚しさすら感じていた。 「いくら可愛くたって毎日面倒みんの大変だし、腹減ったし、ね、帰ろ」 「わかったよ」 そうして三十分と経たずデパートを出れば、そこは一面を眩い白色が占める銀世界と化していた。人の顔も看板も全てが白で霞んでしまう、しんしんと降り続く雪に鮮やかなネオンも瞬く瞬間………… クリスマスはこれから始まる、そう確信したデパートのエントランス。洋平は右手の買い物袋からそれを取り出した。 「神さん屈んでよ」 「え? 何?」 少し屈んでもらっただけでは上手く腕が回らず、よっ、と背伸びをしてやっと届いた彼の首にマフラーを巻いてやった。半纏のついでに買ったチャコールグレーのチェック柄だ。神が疑問を投げかける前に洋平は言った。 「はい、クリスマスプレゼントその一」 「へえ。いいの? 随分と気前のいいサンタだね」 そう言って、にっこり咲いた真っ白な笑みが六花の向こうに舞って見えた。 あとは寒さを理由に足早に、降り続く雪を踏みつけながら来た道を戻る。最寄り駅を降りた頃にはすっかり景色が闇に溶け、降り積もった地面の雪で道が白く光って見えた。今日見てきた様々な光に今も目が眩んでいるのか、この雪が明日も残っていたら…… マフラーをした彼の隣でそんな幻想を奥に抱き、白に満ちたいつもの景色にギュウギュウと足音を添えた。靴に染み込んだ雪の冷たさを今になって感じていた。 やがてアパートに帰宅。鍵を開け中へ入ると、すぐ耳に飛び込んできたのは鳴り響く電話の音だった。 「あれ? 誰だろ?」 洋平が電気を点ける手前で神が先に受話器を取る。そして耳にしてすぐ、外の寒さに固まった表情が一瞬にして緩む瞬間…………洋平は見逃さなかった。 ――さて誰だろう。吹き抜ける木枯らしに胸がひたすらざわめく。クリスマスの今日、まるでその帰宅を待っていた相手に抱く疑念は四ヶ月という空白からくる。 しかしここでどういうわけか、電話の前に立つ神が受話器を手に呼び掛けてきた。 「洋平ちょっと」 俺? と自らを指す洋平の前に差し出された受話器。受け取って耳にすれば、無駄な懐疑心は雪よりも早く溶けてしまった。 「元気? ゆめ子ちゃん」 慣れ親しんだ「ようへいちゃん」に洋平の頬も口も緩み、程なく同じ顔をした兄にその受話器を返す。 そして受話器を置いた神が言う。 「洋平さ、正月どうすんの?」 「俺は……アパートで呑んだくれ。あと新年の初仕事」 「初仕事?」 「年末も一発当てたからまあ、見送ってもいっか」 「呑んだくれは純平くんと?」 「アイツは知らね。どうせどっかふらついてるっしょ」 つまり正月というイベントはないと、洋平はクリスマスプレゼントその二、半纏の入った袋を神に手渡す。 受け取った神はにやにやとして、なんと正月の誘いを申し出てきたから洋平も困ってしまった。 「妹が、洋平と遊びたいって」 「いやいや、人んちの正月邪魔できるほど非常識じゃないって。神さんが実家帰るのに合わせて俺も帰るから」 「そう言わないで、少しだけ会ってやってよ。夏休みもずっと言ってたんだ。俺も長居するつもりはないから」 「つったって……」 きっとこれも彼の優しさ、妹の声まで聞いてしまっては断り文句が出てこない。仕方ない。冬休みはあと少し続く。 そしてクリスマスも、あともう少し続くようだ。何故ならとどめのクリスマスイベントを迎えたのがその晩のことだったから。 風呂を出た洋平が六畳側の襖を開けると、畳に腰を下ろした神が静かに何かを弄っていた。早速紺の半纏を羽織った彼が、掌に小さく光る何かをじっと見つめていた。 「神さん、何してんのそんな小道具集めて」 傍にティッシュ、消毒液の置かれたマットレスに洋平も腰を下ろし、丸まった背中の後ろから掌の上を覗き込めば………… 「へ……? それピアス……なんで?」 まさかのピアスに思わず怪訝な声を上げる。今日手にしていた小さな包装はそれだった。 神は言う。 「二つ買ってきたんだけど、とりあえずで一つしてみようかなって。右と左どっちがいい?」 「どっちかって、まさかもう穴開けちゃったの?」 ピアス以前に身体に穴を開けること、それが解せない親心が今痛いほどわかる。しかし「まだ」とピアッサーを取り出す彼はすでに開ける気満々で、洋平は透かさずその手を止めた。 「待って神さん、なんで急にピアスなの?」 すでに大学生である彼にお節介な親のような真似はしたくない。それでもせめて理由だけ、彼の手からピアッサーを奪った。 「なんでって、別にもう大学生だし、ちょっと色気づくくらい許されるだろ? それに、なんだろ…………」 口を閉ざし、ふと落とされた視線は徐々に遠く、だんだんと力強く、彼特有の静かなオーラめいたものが浮かび上がる瞬間……目の当たりにする。 そっと口を開いた彼の、放たれた声は低かった。 「その……けじめみたいなもんかな。一つの節目っていうかさ」 けじめ……と放つその瞳はやはり、また内側に秘めた何かをしかと見据えているようで、それが神の本気だと知る洋平は何も言えない。自分の何かも見えない洋平に何も言えない……………… 「でも、おふくろさん、正月会ったら怒んじゃないの?」 「母さんもピアスしてるよ」 「今日スカジャンはダメっつったっしょ? んまぁ、別もんっちゃ別もんだけど」 何よりせっかくの綺麗な肌が、彼の特徴でもあるやや大きめの耳がお洒落ごときで傷付けられることにどうも抵抗が拭えない。しかし、買ってきたというそのピアスは悔しいほど似合ってしまうのだろう。手鏡の前でそれを耳に添えた姿は新たな一面を見せてくれた。小さな黒のダイヤ型、たったそれだけで彼は静かな好青年からスマートに垢抜けた男に変わる。洋平の胸がキュンと鳴く。 「じゃあせめて、俺にやらして」 「うん、そのつもり。穴曲がんないように真っ直ぐね」 神は左がいいと言った。洋平はその左耳を念入りに消毒し、封を解いたピアッサーをそこにあてがった。 「この辺でいい?」 「うん」 「一気にいくよ」 「うん……」 神は続く針の刺激に備え、身を硬くグッと眉間を寄せる。 するとその不安に触れた洋平の中で、今急激に込み上げた愛しさはそう…………まるで、まるで初めてを貫く感覚だった。 つんと消毒の香る耳に洋平は甘く囁く。 「神さん、大丈夫だから」 腰を下ろしてやっと身の丈の並ぶ男を抱き寄せ、しっかりと抱き締めることでその不安を取り除いてやりたい。優しく大事にしてやりたい。 「神さん、目ぇ瞑って」 「なんで?」 「いいから」 訝しげに目を閉じた神に不意打ちのキスを捧ぐ。そして、同時に握力を込めた右手で一思いに貫く。 ガチャン、という音と共に肉を刺す、鈍い感覚が暫し洋平の右手に残った。それは別な意味合いを馳せる洋平にとってある種の儀式のようだった。きっと、一生に一度の神聖な瞬間……二度と訪れないだろう特別な感覚に妙な興奮を覚え、気付けば呼吸を整えていた。 しかしピアスをした神による第一声は不意のキスを窘めるもの。 「ちょっと、一体なんのつもり?」 洋平の思いにまったく触れようとしないなら、いっそ明け透けなくらい正直になるべきだと、それはつい最近思ったこと。 「言ったっしょ? 俺神さんのケツ奪える自信ないって。だからこれでおあいこ」 「何それ」 「俺の痛み、これでわかったっしょ?」 「痛みって……なんだ、たいしたことないじゃん」 神経の通らないそこに大した痛みはないわけだが、それでも僅かに付着した血が洋平には痛々しく、穴を開けてしまったことに今更罪悪感が湧く。やはりするべきではなかったと後悔すらしていたところ、その陰る表情を漸く察してくれたのか、徐に立ち上がった神がなんとも意味深長な言葉を残した。 「まあでも……そういうつもりだったのかな……」 正直に明かしたことで僅かに覗いた神の気持ち。体温に触れた心がそこに二つの笑顔を産み、また少し、繋ぐ鎖を引き寄せ合う。 テレビも消し電気も消せばクリスマスなどないいつもの部屋で、それでも冷えゆく六畳の聖夜は清く甘く、また激しかった。 蒸れた布団の中と外で温度差が凄まじく、洋平はうっかり布団からはみ出た爪先を瞬時に引っ込めると、狭い布団の中で膝が神の脚にぶつかる。 「痛った……」 「あ、ごめん」 そこに許しの言葉はなかった。今一度洋平の上に被さった神が、その分布団をずらしたことで洋平の上半身が外気に晒され、鳥肌が全身を走る。 「ちょ……寒いって」 それでも何も言わない唇が洋平の胸元に下り、寒さで痛いくらいのその先端に強く吸い付いてきた。 窺い見たその先に、そっと目を閉じながら舌先で弄ぶその人。敏感なそこだけが生温かいこの感覚に洋平の意識は軽く飛ぶ。ぐっと眉間を寄せるだけでは堪えきれない愛撫に声も吐息も溶けてしまう…… 「ハァ……ァ……」 虚ろな目で堕ちた洋平に警戒も油断もなく、気付けば大きく脚を開かれ、深く組み伏せられていた。 続きを覚悟した入り口がつい疼いてしまうが、しかしいざ挿入を前に彼はふと、躊躇いを見せた。 「ん? どしたの?」 あられもない姿で夜目に顔色を窺うが、洋平を真下に見つめるその人はまたも黙したまま。何かを腹に溜め込んでいる、そしてはぐらかす神を今日、洋平は何度も見ている。 「神さん、言ってよ。どうしたの?」 神は一呼吸の間じっと洋平の瞳を見据え、「うん……」そう小さく零してから、暫く胸に閉ざしていただろうその憂いを打ち明けてくれた。 「洋平はさ、我慢してんの?」 「何を?」 「今日デパートで俺のこと待ってる間、ずっとカップルばかり見てただろ?」 「待ってる間って……神さん見てたの?」 「ちょっと楽しんでただけ。それより、洋平は結局、男でも女でもいけるってことだろ?」 「いやまぁ……そうなっけどさ」 「洋平だって男だろ? 突っ込みたくなんないのかってこと」 なんないのか……と強調する彼は、つまり今日言った洋平の台詞「俺に神さんのケツ奪える自信ないの」「俺の痛みわかったっしょ?」これらを深く汲んでしまったのだろう。それは掘られることに徹する男への当然の疑問かもしれない。洋平とて本能の全てを拭い去ったわけでもなく、直面すれば勃ってしまうのは確かめずとも明らかだ。 しかし男として突っ込みたいかと問われれば、それは愚問でしかなかった。……すでに腹を括ってしまったから。理屈に沿った理由などない。これじゃ話にならないだろうが、かといって射るほどの真っ直ぐな瞳に下手な嘘も吐きにくい。 「そりゃ、俺だって突っ込みたくなんねーわけじゃねぇけどさ、後の面倒考えたら一人でマス掻いた方がマシっつーか」 「それは結局、我慢してるってこと?」 やけに食ってかかるなぁと関心すると同時に、未だ気持ちを知ってもらえない、ここに来ても何故か口にできないジレンマに、自らに苛々が募る。 折しもカーテンの隙間からヘッドライトの明かりが差し込み、つい表に出てしまっためんどくせぇ、という顔が左の頬から照らされた。人として最低な、軽蔑を買うだけのクソ生意気な顔。目上の人間を煽るために備わった顔がつい、その人の前で出てしまった。 「だからね神さん……」 洋平は舌打ちと共に開き直った。 「だから、俺が好きでしてんだっつったっしょ? ああ最高に気持ちーよあんたのチンコ。俺ぁもうあんたの女だ。犬だ。だから、大事に飼ってくださいね」 くださいね……と彼の顎を引き寄せながら先の神より念押しを。 同時に洋平の中に蘇るいつかの自分……野郎を挑発するためでしかないスカした目付きが未だ染み付いて離れない。しかしじっと顔を顰めた神はそんなはったりに怯むことなく、顎を摘む手をただ振り解くものだから、もうマジで、敵わねぇや………… 潤み出す視界の中でまた、冷めた眼差しが叱ってくれた。………………いや、そうやって優しく冷たく突き放すからもう胸が張り裂けそうだった。 「別にかまわないよ。それが人の本能なんだから。付き合ってとは言ったけど、無理して我慢されるのも嫌だし、俺もそんなことで洋平のこと嫌いになったりしない」 つまり女を作っても構わない、それが男の本能なのだから神はそれを咎めない。実に理屈に沿った答えだ。加えて冷静な口調が首肯を促すほど、洋平もムキになっていた。 「じゃあ何? それって神さんもそうしたいから俺を許すっつーわけ」 「別にそういうわけじゃないけど、でも洋平は……」 洋平は続く弁解を遮り、久々に頭に血が上る感覚をその場で噛み殺す、無理な嘲笑を上げる。 「ははははは! ひっでぇな神さんは。俺欲しくねぇの? 俺あんたの犬になるっつってんのに、そんなひでぇこと言うんだこの唇は」 楽しく冗舌に言い放ち、目の前の酷な唇にキスの制裁を、「ああショックだよ……」重なった瞬間零れそうな嗚咽を低い掠れ声に隠した。 さり気なく受けた心の傷は思いの外深く、唇を離れてから完全に横を向くことで痛みを逃れ、カッと熱くなった顔も頭も冷やしたつもり。夜が更けるにつれ更に冷え込みゆく空気が今はただ心地良く、徐々に呼吸を鎮めていった。 「そう……じゃあ……」 蔑む中に妙な悦びを含む声を遠くに聞いた。そして次の瞬間、放り投げていた身も心も一気に貫かれてしまった。 「ンなっ、ちっと待っ……」 神は腰を打ち付けながら言った。 「まさかとは思うけど、ピアスの穴くらいで俺に突っ込んだつもり? 洋平はそれで満足なわけ?」 早くも洋平の言葉に気付いたらしく、それは神の密かな逆上を招き、「いいよ、可愛いよ……」とありったけの情欲をぶつけてきた。 止まない律動に思考も呼吸も揺さぶられ、天井も、今日の買い物も、大好きな顔も揺らめく中で、洋平の目が捉えたのはその耳にある赤い点……まだ消毒の香るそこに覚束ない右手を伸ばせば、神は俄然として洋平の脚を押し広げ、深く腰を沈めてくる。 「もう、神さん…………」 摩擦に喘ぐその中も、上から降りかかる荒い呼吸も熱いくらい。人の体温でしか暖まらない心がどうやらここにあったらしい。 寒い外に繰り出してまでクリスマスに触れようとする、寒さを理由に人の温もりを求め合う、そんな所帯染みた冬が少し理解できたような一日。愛おしく感じた。 |
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