鳴かぬなら…… 4 |
ホームにはまあまあの人。家族連れもいればカップルも、ジャージを着た学生もいて、それぞれの夏休みで溢れている。洋平はその夏休みを明日からのバイトで過ごすため、面接をインターハイ前に済ませ、今日はその合宿先へと向かう。せっかくだから稼げるだけ稼ごうと、今月中に教習所へ行くことは諦めた。しかし一応のこと、肩に掛けた少し大きめのカバンにはあの単車のカタログも押し込んである。バイトが怠くなったらすぐにそれを見るように、自分の性格は自分が一番知っているから。 程なく電車がやってくる。乗り込んでは少しの長旅になることを考え、なるべく静かな車両をとよく冷えた車両を三つほど跨いだ。すると、右側の座席によく見慣れたでかい図体があった。冷房に黒髪をそよめかせ、がくっと頭を前に垂れた姿勢から早くも響く深い寝息……。 「こりゃあ静かだ」 確信を得た洋平はなんともくすぐったい気分になり、つい口元が緩んだ。頭にボーと汽笛を鳴らし、長い足を前に放り腕を組む、きっともう会うことはないと思っていたこの男。どうやら同じ電車に乗り合わせたらしい。 「偶然だな流川」 隣に座り、馴れ馴れしく声を掛けるとそれは漸く神経が通ったか、まだ半開きの不機嫌な目でこちらを睨み付けてくる。仮にも同級生を相手にここまで排他性を剥き出しにする。 近からず遠からずの関係も三年目となった今、別れを前にしても依然つれないその態度が少し寂しくて、洋平は今だけ流川を友達とした。 「洋平テメェ、流川となんつー仲になるつもりだ!」 そんな花道の声が聞こえた気もしないでもないが、合宿初日となる今日は特別だ。厭味のない愛想笑いで話し相手になってやる。 「そういや、引っ越しまだだったんだな」 「…………」 「本当驚いたぜ。まあインターハイ後って意味では、湘北としては助かったってことか」 …………そう。流川転校の話はインターハイ後、帰ってすぐに知ることとなった。安西監督すら何も聞いていなかったらしく、あの仏のような穏やかさの中にもうっすら陰りを覗かせていた。親の都合でと、流川にも色々と事情があったようだ。 「花道のやつ、案外シュンとしちまったりしてな」 しかしこうして話しかけてみても返ってくるのは無言のみ。洋平の一人語りではあったが、最後までこれかと、呆れを通り越して笑えてくる。 「で、どこまで行くんだ?」 そう行き先を尋ねてからふと、思い出したのは今年の元旦。きっとこの仏頂面もこれから解消されるのだろうと、湘北では見ることのない流川の交友を顧みた。 「花形さんとこ?」 すると若干困ったように持ち上がった顔はつまり図星。 「はは、流川は無口なわりにわかりやすいよな」 そう言って、比較したのはこれから自分が会いに行くその人だ。あの人もこれだけわかりやすければ、少しでも本音を見せてくれたなら、と思うがそれも恐くて、そこに惹かれる自分もいて、また妙な悪循環に陥る。 ぱっと手前の車窓を眺めるが、流れゆく景色は何時の間にか彼の実家へ、その最寄り駅に近付き、以前も見た街並みに彼の家族が脳裏を過ぎった。 ガーデニングの行き届いた白い家で、彼によく似た母親と妹とで囲んだ夕食、熱々のミートパイの味……あの日不思議と触れた懐かしさに今は胸が泣いていた。遠く流れる旋律に全てが温い思い出として、胸の奥に埋まろうとしていた。今もその心を静める曲は右耳から、今、隣のイヤホンから漏れてくる……。 「相変わらずだなまったく」 ここまで無関心を突き付けられるともう嫌いになれない。なに聴いてんだ? と流川の手にあるCDジャケットを覗き込んでみた。それは暗く青い風景写真に小さく記載されたsynspilumのロゴ。確か………… 「ああ、なるほどね」 いつか入院中の流川への見舞いとされた品だった。当時花形の手にあったそれが今ここにあるのだ。 そのまま静かに数駅を過ぎ、洋平は全財産を懸ける確信をもってニヤリ、隣を覗き込んだ。しかし意外なことにそれは目を開いていて、神妙に視線を落としていた。組んだ手に顎を乗せ、伏せた睫毛の向こうを辛気臭く見据える姿はまた珍しくある。まあ、無口で無神経で無愛想でも一人の人間なわけで、そこに首は突っ込まない。そんな流川も嫌いじゃない。 やがて次の駅を知らせるアナウンスで洋平は肩に鞄を引っ掛けた。 「花道になんか言うことある?」 「ねー」 最後のどあほうが欲しくて聞いたものの、軽くシラケてしまう。 「じゃあ好きだっつっとくわ」 そう、きっと最後の笑顔を見せたところでゆっくり停車。立ち上がった洋平の背中にやっと、欲しい返事が飛んできた。 「選抜まで引退しねぇように言え。ぜってぇ勝ち上がってこい」 「了解」 ドアが閉まり、電車が追い越してゆくホームを一人歩く。どことなく気まずい空気を醸し出すカップルを前に、洋平はふと、あの視線に込められた別れを今頃悟ってみた。 |
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