友達と友達とその知り合いの友達 7

――数日後。今日洋平の病室を訪れたのは、いよいよ明日に国大地区予選を控えた花道だ。
神奈川代表として今年は9番のユニフォームをもらったと、流川は8番なのにと早速息を巻いていた。今回こそ流川より点を取ってやるとギラつく瞳は、今日も終生のライバルを追っていた。
……それにしても、あの県予選時の不調は何だったのか。今更掘り返すこともないが、国大もまたインターハイのように、その底抜けの才能を惜しみなく発揮しては周囲の度肝を抜いてほしい。予選は行けないが、国大は必ず応援に行くと約束した。
そしてそんな花道が出て行った後は……
「洋平、じゃあ今一人っつーことか?」
椅子に掛けた弟が興味津々に質してくる。復讐を免れた健康な彼は、悠々自適な高校二年の夏を送っているらしい。
「ああ。だってお袋出てったきり帰ってこねぇし」
洋平はベッドでヒゲを剃りながら、煩わしい質問を片手間に応える。
「生活どうしてんだ?」
「金はちゃんと貰ってる」
「今は大丈夫なのか? 部屋誰もいねぇんだろ?」
「それはダチに頼んだよ」
「そっか」
「それより、お袋と連絡取れたのか?」
「ああ、やっぱ店移ってたとよ」
「はっ、ったくいい歳して自由しすぎだ」
すっかり脱力してから、流してきてと弟に髭剃りを手渡した。
そして戻ってきた弟が言った。
「洋平、じゃあ俺引っ越すわ」
「は? どこに?」
「洋平の部屋」
「は………………?」
突拍子もない申し出に、洋平は口を開けたまま固まっていた。
平然と請う弟は何か企んでいるのか。他の患者の咳き払いで我に返るなり、洋平は素っ気なく突き返した。
「いや、まじで勘弁」
「つったって、その足じゃ暫く生活も不便だろ?」
「そりゃあ……でもダメだ。大体オメェ、学校だってあんだろ? どこ行ってんだ?」
「ああ、E高。Y駅から少し行ったとこだ」
「じゃあ遠いじゃねぇか」
すると弟は視線を落とし、それらしく切に呟いた。
「そうだけど、もう親父の女グセには勘弁なんだ。家には連れてくんなっつってんのに、俺居場所ねぇんだぜ?」
そう目の前でしょげられると、昔から無下にはできない洋平だった。
「ハァ、わーったよ」
「あ、マジ?」
調子良く持ち上がった顔に、すでに先の陰りはないわけだが……
「そのかわり、オメェちゃんと家のこともやれよ? ま、俺はこの足だからしばらく何もできねぇわ」
暗に家事を押し付ける洋平に、弟は握った拳を上げて見せる。
「いっそ何もできねぇようにしてやっか?」
「はっ、誰のせいでこうなったか忘れたか?」
……とは言ったものの、洋平は少し安堵していた。同じ血を分けたといえ、安否も問えず顔も見なければ遠い他人だ。それが神を通し再会し、また家族としていられるのは願ってもない幸運と言えるだろう。時機に父親にも顔を見せようと思う。元父親を良き反面教師としてでも慕えるなら、そんな親子の形もアリだと思った。

 

が………………………………。

 

夏休みが終わって一週間。漸く退院した洋平だが、暫くは松葉杖での生活を強いられている。自由の利かない体はやはり不便で、何をするにも時間がかかってしまう。
登校は花道が自転車に乗せてくれるが、それでも朝は時間がなく、最近は髪をセットするのも諦めていた。…………それが間違いだったようだ。
弟は今日も学校をさぼっていた。遠くなった通学が更に億劫になったらしく、暫くはアパート界隈をふらついていた。最近はそれすら飽きたか、いつの間にか湘北に顔を出すようになっていたのだ。
洋平の予備の制服を着れば、それは松葉杖のないだけのどこから見ても水戸洋平なのだ。その姿で校内を散策しては、彼はついに見つけてしまったらしい……
「やあ晴子ちゃん」
「えっと、どっちかしら?」
くるっと振り向いた晴子は、洋平に聞いてその存在を知っている。
「弟っす」
嬉しそうに名乗った顔はまさに春満開だった。
「もう、本当似てるんだからぁ」
「晴子ちゃん今度、時間ある?」
「私は部活で忙しいから」
「そっ、じゃまた今度ね」
どうやら、好みのタイプが花道と被ってしまったらしい。毎日のように校内へ足を踏み入れては、晴子の許へ足繁く通っているのを洋平は知っていた。そして、花道も知っていた。晴子との談笑に浮かれる弟を、花道は物陰から見つめていたのだ。
花道にも弟の存在は伝えてある。それが洋平でないことも頭ではわかっているはずだが、好きな人と親友が仲良くする場面というのはやはり面白くないようだ。花道は不自然に洋平を避け始めた。あからさまな不信感を察知した洋平はすぐ、壁を殴る親友にはっきりと言い聞かせた。
「おい花道、わかってんだろ? ありゃ弟だ。俺は見ての通り松葉杖だからな」
「だーっ、わーってらい!!」
紅潮した顔で憤慨する花道は明らかにわかっていない。
「ハァ………………」
自分の関係ないことでまたとばっちりを受けるのは御免だった。洋平はもう湘北に来ないよう弟に促したが、それは恋する誰かを止められないように恋する弟も止められない。弟も二人となるとさしもの洋平も手に負えなかった。
だが、このまま花道とギクシャクしたままは困る。真っ先に病院へ駆け付けてくれた彼とは、朝も甲斐甲斐しく送ってくれる彼とは暴力を伴わない喧嘩などしたくない。理由が見え透いているなら尚更、いっそ殴ってくれた方がマシだった。
思い悩んだ洋平は夜、あの手帳を片手に受話器を取った。





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