友達と友達とその知り合いの友達 5

退屈を凌いでやると、見舞いに託け看護婦を狙う仲間たちは、酒の持ち込みがバレてすでに追い出しを食らっていた。その気持ちだけ受け取ろうにも微妙な心境の中、やがて一週間ほど経ったある日のこと。昼食後の検査を終えた洋平を、今日もベッドで退屈する彼を訪ねてきたのは花道でも神でも軍団でもなかった。
「洋平か……?」
今、足下のカーテンからこちらを覗き込む人物を見て、洋平は直ちに上体を起こした。
「じ、純平か!?」
神から、そして花形の弟から話がいったのだろう。久々に見る弟の姿は、神が見間違えたのも頷ける程よく似ていた。
弟はベッドに歩み寄るなり、弱った兄の、小学生以来の痛々しい姿を目の前にした。
「悪りぃ洋平。俺の身代わりになっちまったようだな」
洋平は数年ぶりのその顔をまじまじと見上げてから、同じ面影を残す声に身長に、フッと表情を崩した。
「ああ、とんだ巻き添え食らっちまった」
傍らのスイッチでベッドを起こしながら、読んでいたジャ◯プを横に置いた。
弟は椅子に掛けるなり、今度の事情を早速明かしてくれた。
「本当すまねぇ。おかしいとは思ってたんだ。あれ以来すっかり大人しくなっちまったから」
「はっ、それよりお前、そんなに無茶してたのか?」
「いや、今回は特別だ。ダチがやられたからちっとキレちまった。あいつはバスケに戻っただけなんだ、ったく……」
そこでグッと握る拳を見れば、洋平はそれ以上質すことをしない。思わず笑ってしまえる程、そこには同じ血が通っていた。……だが、それはそれ。
「とりあえず治療費は頼む」
「ああ、親父に言っとく」
親父と聞けば、訊いておくべきことがもう一つあった。
「……で、お前はなんでこっちにいんだ?」
「ああ、親父だ。今度は昔の女のケツ追っかけてんだ。わざわざ引っ越しまでしやがった」
……実に呆れた答えだった。
「はっ、しゃーねぇな。まあ元気なのはわかったわ」
「お袋は?」
「それが、今連絡取れねぇんだ。昨日も仕事先かけてもらったんだが、また店移ったようだな」
「そうか。じゃあ親父に一つ言ってみるわ」
似た顔で、似た声での雑談は何とも奇妙だが、共に離れた両親の話はお互い興味深かった。どちらもダメ親でしかないわけだが、その不甲斐なさをわかり合えるのはやはり子供同士。そして、蛙の子は蛙。ろくに勉強もせずだらだら過ごせば、先は見えたも同然だった。
やがて院内の灯りが点き始めた頃、夕食を終え、今は翔陽の近くに住んでいるという話を聞いたところで、今日もカーテンを覗く人影があった。
「洋平……?」
「あ、神さん」
今日も練習着の彼が姿を現し、同時に振り返った弟によく似た顔を窺う。
「もしかして、弟くん……?」
弟は「そっす」とだけ返すとすぐ席を立ち、洋平に背を向けた。
「じゃあ俺また来る。親父に言わねぇとな」
「あ、待て」
透かさず呼び止めた洋平は、足を止めたならず者へ忠告を一つ。
「この件はこれで終われよ」
「わーってら」
疎ましく頷く弟は、神と入れ替わりに病室を出て行った。
「はは、すごく似てる」
見届けた神はにこやかに、差し入れを手にこちらへ歩み寄る。
「やっぱ気持ちワリぃな」
自分の姿を見ているようで、それを客観的に見るのは少し照れくさく、洋平は鼻の下を擦った。
「でも洋平は、やっぱり前髪上げてなきゃね」
「なんすかそれ」
「いや、なんとなく」
ふざけた冗談すら眩しい歯を覗かせ、広げっ放しの椅子に掛けた神は当然座高も高かった。先の弟より遥か上に頭があった。等身大の弟が設けてくれた基準に、洋平は思わず泣けた。
「あと聞こえちゃったんだけど、さっき天才って言ったのは洋平じゃないよね?」
ふと神が尋ねるさっきとは、おそらく中を窺う直前だ。弟と二人で話していた間、『俺ぁ天才だからよ』と、昔から図に乗って見せる弟の台詞のことだ。
「そりゃ弟っすよ」
「はは、俺洋平が、桜木みたくなったと思った」
少し気質は異なるが、自らを天才と謳う者が奇しくも二人いた。洋平は、宙に遠い幻を見て言った。
「なんだかんだで仲良く馬鹿してたんで、いざ離れ離れになった時は少し寂しかったんだ。まだ小学生だったしな。したら、中学上がって花道がいて、今は、どっちも弟みてぇなもんだな」
……もちろん、気質の異なる大柄の彼に弟を投影することはない。ただ花道とは片親同士、同じ不届き者でもあり、初対面から意気投合するまでそう時間はかからなかった。父親を思うその熱さと、類稀なる腕っ節には惚れ込むばかりだった。最高の友達を得たつもりだ。それは同時に、離れた弟を偲ぶことも忘れさせてくれた。
「そっか……だからなんだ」
じっとこちらを見据え、心身に頷く神は何かを知る口振りで、彼なりの理解を示してくれた。
「この前、桜木が自転車乗せてくれた時に、洋平は前もここに入院したって、教えてくれたんだ」
「ああ……」
花道がダシに使われ、洋平が一人乗り込んだ過去を花道なりに根に持っていたらしい。
「桜木は、いい友達に恵まれたね」
目の前の優等生が、今少しだけ馬鹿をわかってくれた。
「ああ、最低なヤツばっか集まっちまった」
そうはにかむ洋平こそ、今日も退屈を許されない彼こそいい友達に恵まれている。今更確信する間でもないが、そんな洋平の過去に触れた神は何やら顔を顰めていた。
「こういうのって聞いていいのかわかんないけど、なんで離婚しちゃったの?」
最近出来たばかりの友達に、年下のろくでなしについて深く掘り下げてきた。
「ああ、どっちも浮気っすよ」
「そう……」
踏み入ったプライベートを洋平は淡々と明かした。
「親父は夜の店複数経営してて、そん中で働くお袋妊娠さして結婚した。そんなんだ。だから、寧ろ保った方じゃねぇかな」
そうなんだ……と静かに陰る顔は、育った互いの環境に温度差を感じていたようだ。
「よくわかんないけど、そういうのって辛くないの?」
辛いかと窺う神は、家庭に恵まれた彼にとっては、軽く話す洋平が不思議だったらしい。
「まあしゃーねぇ。こればっかしは親の決めることだ」
洋平はそう言ってすぐ……
「ただその分、同じことはしたくないってね」
蛙の子が蛙とは限らないと、神の前では見栄を張りたかった。
「人の為にならない嘘は偽りじゃない」
ふざけた諺語に、笑顔が忽ち蘇る。
「なに上手いこと言ってんだよ」
……天使の笑みを独り占めした瞬間だった。洋平は今日も突き落とされた。
「神さん、それよりタバコ」
頭も肺も心臓も、副作用たっぷりの麻酔をずっと欲していた。




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