友達と友達とその知り合いの友達 4

隣の爺さんとも口を交わし始めた数日後、国大合宿を二日後に控えた今日のこと。
院内の電気が灯されてすぐ、「洋平いる……?」と中を覗いたのは今日もジャージの彼だった。
「あ、そういや来れたんすか?」
洋平は首を起こすなり、花道のいない今日の移動手段を問う。
「ああ、調べたらバス出てたから」
「なんかすいませんね。部活もあって忙しいのに」
ゆっくりと上体を起こせば、今日も短髪を湿らせた彼が「平気だよ」と微笑んでいた。
「俺、神さんにスゲェ想われてんだな」
「ははは、知ってた?」
神は呆れたように笑いながら、袋から出したジャ◯プとドリンクを台に並べた。そして椅子に腰掛けるなり、早速様態を案じてくれた。
「どう? 体は」
「ああ、しばらくは安静だって」
「辛いのはこれからだね。でも弱った洋平ってなんか……」
憂いにあった表情をフッと崩す彼は、憐れな病人に何を嘲てくれるか。
「なんすか?」
「洋平も、病気すれば普通の高校生なんだなって」
なんだそりゃ? と笑って、洋平は怠けた両腕を上に、ぐっと遠くに伸ばす。大きく息を吐きながら、いっそ清々しく呟いた。
「最っ高の夏休みになりそうだ」
もちろん冗談のつもりだが、神はクスリとも笑わなかった。固定されたままの足を見つめ、今日もそこに、重く静かな吐息を零した。
「どうしました?」
「うん……」
現状での皮肉はまだ笑えるものではなかった。見据える瞳は落ちたまま、あの眩しい瞳を曇らせてしまう、今日も優しいばかりの彼がここにいた。優しさあってのその陰りに、洋平のタフな心蔵が少しえぐられた。
「なぁ神さん……」
項垂れた彼へ指を伸ばし、その小さな顎を摘み、持ち上げる。そして好い加減笑ってほしいと、パンチの一つをくれてやったつもりだ。
「もし次の選抜予選で湘北と当たったら、また負けてくれますか?」
目を窄めての見え透いた挑発に、燻る影はみるみる落ちていった。それは程なくして、復讐に満ちる不敵の笑みに変わった。
「……ふざけるなよ。勝つに決まってるだろ?」
持ち上がった顔は苦々しく、それでいて気高く告げる彼には冗談など通じない。崩れた常勝を背負い続ける、悲壮のキャプテンは最後の冬を待ち侘びていた。
「うん、スゲーいい顔してる」
そうして一時間ほど談笑に暮れた。
「じゃ、合宿終わったらまた来るから」
そう言って、席を立った先輩には友人のお守役を託した。
「あ、花道のヤツ頼みます」
「いやあ、うちにも手ぇ掛かるの一人いるから」
「もしかして野猿くん?」
「当たり」
にやりと白い歯を覗かせ、神は台の時計を確認。
「じゃあ洋平、俺そろそろ」
……と一度カーテンを閉めた彼はすぐこちらに戻ってきた。洋平の顔を覗き込み、そっと唇を寄せ、またね……の挨拶を頬にくれた。
「煙草吸いたくなった頃にでもまた来るから」
片手を上げ、向き帰った背中にはもう手が届かない。
「もう禁断症状出てんだけど」
意味深長に呼びかけると、神はカーテンを開けところで「早いよ」と眩しい笑みを残し、そしてカーテンの向こうに消えていった。白の中に溶けるよう、やがて影も見えなくなった。
「わかってねんだな……」
洋平は無気力に寝転がる。茫然と天井を仰ぎながら、額に発した微熱はただの風邪だと念じ、徐々に短い眉尻を下げた。
恋じゃないと言い聞かせるのは簡単だが、高鳴りを抑え込むのは難しく、黒ずんだ肺がチリチリと痛む。素直になれない苦しさに病み、唇の傷が未だに沁みる。
誰も見ていない今、洋平は一人ニヤついていた。……禁断症状は確実に表れていたのだ。





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