禁煙席 9 |
蛍光灯の下、小さな先走りが照る頂点に、今更現実を知るには遅い気がした。 神はすっかり呆れたか、後ろに手をついては前を隠しもせず、ただ冷ややかにこちらを見下ろしている。 「まさか、湘北ではこれが普通なの?」 洋平が、今まさに舌を這わせようとした頭上から軽く嘲けた声がかかった。 「はは、まさか」 だよね……と力なく落胆する声も頭上から。 「まあ、今回はタダですから」 「はは、金取るんだ」 困惑の表情を緩ませてから、洋平の舌先は今その熱い裏筋を滑った。その途端、ビクッと全身を強張らせた姿は見逃さない。 目だけはしっかりと光らせ、情欲を同性に晒されてしまう瞬間を、その反応を心底楽しむ洋平は、すでに彼が愛しかった。堪えるようにじっと目を窄める彼が、見れば見る程甘い顔立ちが何より美しく、こめかみからうっすらと吹き出した汗すら妖艶で、その完璧な外見には迷わず見惚れていた。 「ねぇ神さん……」 下から舐めるように見上げ、洋平は反り勃つソレの向こうへ本気の告白をする。 「神さん、俺の禁煙手伝ってよ」 「え? 禁煙?」 なんだそれと言わんばかりに、その黒目がまたひと回り大きくなる。 「口が寂しいだけなんだ」 「それ、俺である必要あるの?」 ご尤もな疑問だが、それは膨らむ欲望を晒して質すにはあまりに滑稽だった。 「充実にありますねぇ……」 そう言って、洋平は手にしたソレを口内に深く押し込んだ。器用に舌先を滑らせ、丁寧な愛撫と絶妙な吸引力で手厚くもてなした。火照る粘膜で覆い尽くし、女の知らない緩急や強弱を併せて披露する。ジュブジュブとわざとらしい音を立てては、その大きめな耳の聴覚まで支配したかった。 洋平とて初めての行為だが、同じ身体を知る分ポイントは弁えている。その道のプロには劣るわけだが、今日の洋平には軽く愛がある。 神は大人しく受け入れてくれた。眉間にぐっとシワを寄せ、微かな鼻濁音を漏らしながら生々しい性感に堪えていた。前後に揺れる洋平の頭を見下ろす、その薄目とチラチラ視線が重なる中、布団の生地を握り締め、解けない苦悶の表情は固く引きつっていた。 洋平は単調な奉仕作業を続けながら、滾る興奮を熱い口内に託した。すると、頭上の端正な顔は次第に歪み、閉ざしていた口許からはやっとの呼吸が漏れ出す。 情欲へ染まりゆくその過程はすでに芸術だった。色っぽくて美しくて、でかいだけのおっぱいなど優に超えてしまうだろうか。 そして大きな瞳が溶けゆく瞬間……洋平の何かが爆発した。 「ぁ……洋平、もう…………」 不規則な呼吸の合間に響く、苦しそうに喉へ押し込んだ、降参の呻き声。 洋平は、望まれる解放のためにラストスパートを駆けた。右手をしっかり握り締め、前後するスピードを一気に押し上げた。 「出……ちゃう、よ……」 途切れ掠れた声はすでに限界だったようで、今洋平の喉奥に熱い精を受けた。ドクッ、ドクッと数回に分けて飛び出たそれは微かな甘味を含む。 口内に感じていた脈が途絶えてから、洋平はゆっくりと口を離した。あとは含んだままの口を噤み、「ん、」と机の上を指す。 暫し呼吸を整えていた神は、「え? ああ」と立ち上がり、「あ……」とまずはパンツを上げた。そして卓上のティッシュ箱をこちらに差し出した。 「あ……ちょっと待ってて」 そう言って部屋を出てった部屋の主はすぐに戻ってくる。 縁に掛けた洋平に、「やっぱり、うがいした方がいいよ?」とお茶の注がれたグラスが差し出された。 それを一気に喉へ流し込んだ洋平は、「いっすよ」とグラスをダッシュボードに置く。 「それより……」 ベッドの傍に立つ彼の、その腕をそっと引き寄せる。ぐらりとバランスを崩してやり、洋平の上に倒れ込むよう再びベッドへ誘ったつもりだ。ギシッと軋ませたその上で、二人の身体は重なるべくして重なった。 「寝ますか?」 明かりの下で陰る真上の、狼狽えた瞳に問いかける。 洋平は掴んだままの腕を、それとなく手繰り寄せたのは洋平の下半身だ。二枚越しの、半勃ちのソレに確実に触れさせ、あとは彼の手を離して様子を窺った。 間近に重なり合った視線はそのままに、暫し固まっていたその表情から、フッと噴き出された息が顔にかかった。そして、力なく微笑んだ彼が今、二枚の奥へそっと手を侵入させた。腹のゴムを掻い潜り、中のソレを柔らかく握り締めてくれた。 「俺が童貞じゃなかったら、俺、しないよねきっと」 そう自嘲気味に口端を持ち上げて、雁首の辺りを滑るようにキュッと締めてから、先までを優しく包み込んでくれる。 思わず背中をゾクリとさせた洋平は、挑発の笑みで誤魔化した。 「そりゃよかった」 そして、下半身へ直に与えられる快楽を素直に感じていたところ、それは次第に恍然と、先の果てた余韻を残したままの、溶けた薄目でじっとこちらを見つめてきたのだ。 「…………………」 一瞬にして声を奪われた洋平の、残る思考に炙り出されたもの……プッシング、チャージング、ブロッキング。今すぐ退場すべき反則は、確かインテンショナルだったか……。 「あんた卑怯だ」 ニヤニヤと発した唇も、卑怯なキスの柔らかさに封じられては更なる謀略も消し去られた。 男は果てた途端、それまでの興奮が嘘のように極冷静となる。妙に頭が冴え渡り、脳内の情報処理が迅速且つ無謬に行われる。しかし聡明モードにある頭脳でも、それは極難題だった。今、きっと初めて手に触れた他人の精に、言い逃れを許されない変態の証に彼は何を思うのだろうか。自らの手で汚した他人の腹を拭いながら、我に返っただろう彼は、この友達ごっこをどう取ってくれただろうか……。 |
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