禁煙席 8

「布団なんだけど、母さんがさ、丁度クリーニング出してないって言うんだ」
先程の呼び出しはこのことだったか、神が申し訳なさそうに言いながら隣に腰掛けた。
「ああ、俺は床で寝れっから。すいません迷惑かけて」
「それはいいけど、洋平が嫌じゃなければ一緒に寝る?」
唐突なお誘いは、頭一つ低いこちらを窺うべく傾げられた小顔から。
「ああ、いんですか?」
「そんなに狭くはないだろ?」
そして、「何見てるの?」と横から雑誌を覗き込んでくる。ページいっぱいに広がるいかがわしい裸体に、彼はそのまま言葉を詰まらせていた。
「これですよ」といつかの表紙を見せれば、彼は素に戻ってくれた。
「ああこれ……持ってたんだ」
「金も払わねぇで女の裸拝もうなんて、ロクな奴じゃねぇな」
そう、Fカップはあろう豊満なおっぱいを見つめながら、洋平は自分のことを棚にあげた。
ああ……とだけ頷いた神は再び黙り込んでいた。……いや、この見事な巨乳に見入っては、ゴクッと生唾を呑み込む音まで鳴らしていた。
それは男として当然の反応で、おっぱいを見て欲情しない方が寧ろ不健全である。しかし、真面目でひたむきな彼が零した不似合いな性欲に、洋平は俄然、理不尽な衝動に駆られてしまった。
「神さん、勃ってますね」
下から、至極鋭い視線でその大きな瞳を射抜く。
「え? んまあ、だって仕方ないだろ?」
苦笑う彼のハーフパンツの中央は、今盛り上がりのほんの途中にある。
「神さん、エロ本とか持ってんの?」
「そりゃあ」
「巧く隠してんだ」
……とわかりやすく部屋を見回してみたものの、その隠し場所が易しくないことは察していた。
神は案の定ニヤリと笑い、「ここにはないよ」と自信たっぷりに言う。
「大抵は本棚の奥かベッドの下だよな……」
そう言ってはCDラックやダッシュボードに視線を巡らせるが、少しも反応を見せない彼の言う通り、それはここになかったようだ。
「後輩に持たせてるんだ」
「はっ、最低なキャプテンだ」
さすがだと、うっかり噴き出しては裏の顔も見直しつつ、洋平はもう少し鎌をかける。
「神さんってどんな女好きなの?」
「んー、いい意味で普通がいいよ」
「おっぱいは?」
「あれば嬉しい程度かな?」
「神さん、童貞?」
「……それ、バカにしてる?」
そこはムッとしたか、淡々と応えていた彼は憎らしく笑ってから、「はは、童貞だよ」とあっさり認めた。
「最高だ」
何故か都合がいいと受け取った洋平は、さり気なく隣のその膨らみに手を伸ばしてみた。女を意識したせいか、先より形を顕にしたジャージの上から。
「な、何……?」
触れる手を払おうともせず、声も荒げない彼はきっと、動揺を最小限に抑えている。
「何って、手伝い。人にされた方が良かったりもしますよ」
「人にって……」
平然と言ってのけた洋平に、神は呆然と瞠目してから困ったように眉を顰めていた。そして、「ぇえ……?」と更なる一驚を発した。
腰のゴムの中へ差し込んだ手を見て、両手を後ろへ地味に後ずさりしている。
洋平は、中の確かな熱を右手でしっかり扱きながら、ひたすら困惑する彼にそろそろと忍び寄った。脚を跨ぎ、あの夜と同じようその上に乗り、地味に逃げる固まった表情を無言で追いかけた。
そして、パサッと雑誌の落ちる音と同時に唇を重ねた。ギラギラとしたグロスのない、素の薄紅色の唇をゆっくりとなぞり、無防備に開いたままの口内にはあえて触れず、その下唇を優しく吸った。
「神さん、怖い……?」
触れたままの唇で窺ってから、洋平はこれから、爽やかな友達ごっこをしようと思う。
「男の方がイイとこわかってっから」
そう右手で残る一枚を掻い潜り、「まじで、女って下手クソもいーとこ」と、握り締めた根本から、腫れた先までをしっかりと撫で上げる。
ふと視線を上げれば、神は怒ったようにこちらを鋭く見据えていた。冷たい軽蔑の目で洋平を見下し、それでも離れようとしない無礼な右手に、やがて淡泊な微苦笑を浮かべて言った。
「ねぇ、俺のことバカにしてる?」
いや、と真顔で否定した洋平だが、またしても……――――。あの時と同じ、ここで侮ってはいけなかった。
「俺が童貞だからしてやろうって思ってんの?」
ニヤリと悪戯な笑みが目の前に、そのまま突然視界がひっくり返り、肩を押され背中から一気にベッドへ倒れた。調子に乗った途端、またも不意打ちを喰らってしまった。
「ああ、参りました」
他人に降参を告げたのは、思えば生まれて初めてか。迂闊にも二度同じ手を食らったことは悔しくあるが、内心はとてもワクワクしていた。今こちらを見下ろす甘い顔に、その大きな瞳の奥に次の展開を探るのが楽しくて、酒も煙草も借りない興奮にすっかり支配されている。
もし間違いがあったとしても、今日が終わればきっと遠い他人になるわけで、そこに遠慮はいらなかった。高揚する気分は確かな性欲として現れ、離せない右手へと伝わる熱に、じっと片想いを寄せている。
「神さん好きよ?」
意味深にニヤリと見上げれば、「はは、それはとんだ変態だね」と見下ろす彼が今、優しいキスを落としてくれる。降りてきた唇が吸い付くように柔らかく、滑らかなシルクを連想させながらそっと絡み付いてくる。童貞を疑う、卑猥さを帯びた唇が器用に動いていた。
そして、洋平の下半身を滑る感触が今、無言で二枚の中へ到達したところ。
「神さんも変態なんて、なんかすげーショックだわ」
わざとらしく告げれば、「洋平には負けるよ」とあしらう彼の右手が洋平に倣ってソレを扱き始める。
正直なソレはムクムクと欲望を表し、包み込む柔らかな手付きには大人しくよがっていた。
「ハァ、たまんねぇな……」
洋平はそう言ってから、神の履く腰の二枚に黙って手を掛けた。
「はは、まじ……?」
気付いた神はまだ余裕を見せるが、無表情に上体を起こす洋平には徐々に表情を消し去った。
洋平は、ベッドの縁に掛けさせた神の、その脚の間に徐に跪いた。落ちていたおっぱいページを膝で踏み付け、ハーフパンツとボクサーの二枚を膝下まで下ろし、いざ天仰ぐソレを目の当たりにした。




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