禁煙席 3

夏の訪れを知る静かな夜。頭から足先まで見事外見の反するその人との実に何でもない時間。何の気負いなく過ごせるのは、きっと明るくスマートなその人柄だから。
「……で、そろそろ飽きない?」
そんな彼の、全て一気に燃やしてしまおうという大胆な提案だった。洋平は台紙の上に残りの花火を纏め、端から火を放つ。瞬く間に四方八方へ噴き出す光、飛び散る火花はとても芸術性に欠けるが……
「芸術は爆発だって言うからね」
「つーか、まんまだな」
立ち上がり見守っていたが、高々数百円の芸術は程なく光を失う。最後の一つがシュンと焦げ散る瞬間は妙な儚さがあり、同時に辺りは暗く、花火特有の煙たさが闇に立ち込めていた。
「終わっちゃったね」
始終を見届けた神がカスを拾い、袋へ。手伝う洋平にライターが手渡されるが、その手には先日の突き指を尋ねておきたい。
「神さん、病院行った?」
夜目に見るその手にテーピングはないが……
「ああ、もう平気。それより今何時?」
そういえばと確認した鞄の中で、奥の液晶はすでに午前を指していた。
「家、入れそう?」
「ええ、きっと帰ってますね」
「そっか。俺も帰って勉強やんなきゃなぁ」
後頭部に手を組みながら、仰ぐ夜空へ呟く神に「これからねぇ……」とは胸の中で。
「ああ、今からやんすか? なんか本当、すいません」
洋平は感心と敬遠の息を吐いた。練習して勉強もして、夢と努力を詰め込んだその人はどこまでも正反対の人間だったようだ。真逆の自分を省みては、また明日からのバイトに精を出そうと、強く意気込んだのはほんの一瞬に過ぎない。
その後彼と別れ、先のアパートへ帰宅した。すんなり開いたドアから無事寝床へとありついた。そこはヤニと酒、香水の臭いがそこら中に入り乱れ、今日も戯れる男女の巣をはしたなく包み込んでいた。

 

翌日――。休み時間の賑やかな教室で、れる机に大きく突っ伏した洋平は止まない頭痛に唸さていた。昨晩のセックスは遅い帰宅を何かと疑われながら、というある種の言葉責めが待っていて、そうすぐに終わらせてくれなかった。
ただの寝不足なわけだが、そこにクラスの離れた親友がずかずかと教室へ、真っ直ぐに洋平の席を訪ねてきた。
「おい洋平、追試あんだ。答え教えてくれ」
いつも元気百倍の声が今日は激しく頭痛に障る。そんな花道の言う追試はきっと再追試で、暫し無反応の洋平をしゃがんで下から覗き込んでいた。
洋平は額を支えながら、ゆっくりと重い頭を持ち上げた。
「少しは自分で考えたのかー?」
痛みに引き攣る顔の前へすぐ突き出されたテスト、その既視感溢る問題はやはり……
「これこの間教えたばっかじゃねーか」
「ああ。でもさっぱりわからん」
きっぱり断じてくれることにはどうやら頭痛も吹き飛んでくれたようだ。
「はは……。つっても俺だって赤点ぎりぎりだったんだから、晴子ちゃんにでも聞いたらどうなんだ?」
「それは出来ん!」
「何でだよ」
「わ、笑われる……」
「はっ、今更かよ」
失笑ついでにわかる範囲では教えたが、その途中にもすでに肺が欲していた。よって次の休み時間、いや休み時間は決まってトイレへ向かう。真っ黒に塗り潰された肺をまだ汚し足りないと、奥の個室に篭り早速一本を取り出す。
それは点火しても鮮やかな火花は吹き出ず、後の煙たさともまた別の、陰気な煙が筋を描いた。無気力に吐き出した副流煙を淀む目で追い、それでも満たされない肺には心底呆れている。
ふと、煙たさに目を擦った洋平は、ケホッ、と軽く咳き込んだ。まだ一センチも減らないことには我ながら疑問を抱くが、今は疲労の所為にしておく。トイレの水溜りへそれを落とした。そして、その日はもう、ここに来る事はなかった。
それから、花道とは一言も声を交わさなかった。もちろん意図的に避けているわけではなく、バイト先の遠い今はバスケ部に顔を出せないでいるからだ。洋平が3組なら花道は10組で教室も遠く、理由あって弁当のない、学食のみになった今は昼食も別々になっていたりで、決して不自然でもなかったのだが……

 

二週間後――。商品として並ぶ地域スポーツ紙を広げれば、そこには昨日までの結果が簡潔に記載されていた。
○陵南―海南× ○陵南―湘北×
○湘北―翔陽× ○海南―翔陽×
しかし見出しだけは仰々しく太字で『今年海南の常勝神話にヒビが……』とある。
客のいないバイト中、ざっと目を通した洋平は最近顔を出さない彼を思い出したが、今日はそれ以前にやることがあった。程なくやって来た店長の許に駆け寄り、渋る態度に根気よく頭を下げる。その日だけはと懇願し、来週休みの絶対を申し出た。

そうして迎えた決勝リーグ最終日。快晴の下、ひしめく館内は笑いと涙に沸いていた。翔陽対陵南の第一試合は、漸く全国に名を馳せよう仙道率いる陵南が全勝で終えた。
そして第二試合、残る一つの全国行きを懸けた、湘北対海南の闘いが間もなく始まろうとしていた。
海南には十八年連続の常勝も懸かっていることを、洋平は先日の新聞で知っていた。前回まではいなかった洋平だが、今日は毎回死守する最前列にいつもの面子として並んでいる。欠けたバイトの穴埋めを逃れたわけだが、それでも休みには至らなかった。
やがて颯爽と現れた赤のメンバーは、二年連続全国出場の期待を背負っている。変わらずバラバラな声援が激しく飛び交う中、隣の大楠も早速拳を握り締め……
「今日は退場なんて出来ねぇぞ花道」
「た、退場!?」
透かさず振り向いた洋平は、思わず素っ頓狂な声を上げた。バスケットマンとして成長した花道にはすでに心配無用としていたが、先週までの報告はこうだった。
「もう後半も終わる頃だったが、なんか集中し切れてねぇっつーか……。流川にケツ蹴られてもいまいちなんだから、なんかあったなこりゃ」
「それに試合には勝ったが、翔陽にいた花形っつーセンターにはほぼやられっ放しだったんだぜ?」
あれは酷かったなと、野間も高宮も補足をくれる。
その間にも試合は始まり、流川にボールが回った瞬間高い歓声が沸いた。そして花道のミスには盛大なブーイングが浴びせられた。
「あいつら味方だろーが!」
味方にも、いや流川以外には厳しい彼女らだが、それでも花道の調子は悪かった。昨年はなんとか封じ込めた神の3Pを今は全く止められないでいる。
そんな神は機械のように正確なシュートを放ちながら、海南の4番としてチームを立派にまとめ上げていた。
……そういや、神はキャプテンだった。神がボールを持つ度にじわじわと広がる点差。花道の調子が悪いのか、やはり神がすごいのか。
…………いや。やはり花道がおかしい。
前半終了後、洋平は真っ先に席を立った。





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