低気圧をこえて 5

帰宅してまず、花形は流川を風呂場へ促した。
「まったく、あんなに海で長居するとは思わなかったよ」
ぱっと明かりを点けた廊下で、黒髪に雪が付着した流川の背中を脱衣場へと押し込む。同時に身を包んでいた流川のダウンジャケットを預かり、花形は一度二階の自室へ。明かりと暖房を点け、預かったダウンと自らのコートをハンガーに掛けた。
あとは軽く片付けをして、水槽の中で大人しく待っていた魚達に夕食を与え、一階に降りてはキッチンで湯を沸かし、それからまた二階へ戻り、机の本を手にしようとして、はっと時計を見上げた。
「遅いな……」
今一度階段を降りた花形は浴室側の廊下に立つが、音は何一つ響いてこない。
「流川……?」
脱衣場から声をかけるも、磨りガラス戸の向こうから返事はなく、依然物音すらないのだ。
花形はいよいよその戸を開けた。戸に掛けた手をそのままに、彼は色を失った。
「流川何を…………!」
湯の張ったバスタブの水面に浮かぶ黒髪、天井を仰ぐうなじ……
花形が透かさず駆け寄ったところで、それはバシャッと水面を跳ね返すよう上体を起こした。
「流川いったい…………」
「死んだふり」
「え…………?」
きっと気まぐれでふざけていただけ。とりあえず何もなかったわけで、花形はただただ呆れていた。
そんな花形を流川が誘った。
「一緒に入って」
「狭くて二人も入れないだろ」
「だめ?」
セーターの裾を掴む濡れた手に、花形は少し悩んでこう言う。
「今日は二回も言うこと聞いたから、だめだよ」
流川の舌打ちを最後に、花形は浴室を出て行った。
それから間もなく流川が二階の部屋へ、入れ替わりで花形が浴室へ。そして浴室を出た花形がまた二階へ上がると、部屋のベッドからは静かな寝息が響いてくる。
「こうなると思ったよ」
花形は部屋の電気を消すとまた階段を下り、リビングのソファを今日の寝床とした。




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