蠍座の瞬き 5

暗く静かな住宅街に走行音を響かせ、流川の家で車を停める。
「流川、着いたぞ」
すっかり寝静まっていた隣の席に声を掛け、目を覚ます前にやっとのキスを落とす。徐々に開き出した瞳に見慣れた夜を映す間もなく、花形は助手席のシートを倒し、シートベルトを外し、まだ夢見心地にある唇を奪った。
「ン………先輩………」
次第に状況を察し、ゆっくりと背中に回された腕が抱擁を受け入れてくれる。助手席へ移した体重を片膝に支え、更に抱き竦めた身体は早くも受け入れる準備に入っていた。
情欲を宿した肌は花形の感触を乞い、覚束ない視線と同様、火照った熱で絡みつく。その心地よさに身を委ね、花形は顔を埋めながら込み上げる愛情に続きを欲す。首筋に吸い付いた流川の下半身を探った。無防備に開かれたその間に手を滑らせ、窮屈そうなその形を生地の上から触れた。
流川もまた、激しく強請った。
「先輩、して…………」
恋人を瞳に映して放つ素直な言葉が胸に届く。他所には向かないでくれるその気持ちが嬉しいほど情熱は燃え上がり、目と鼻の先にある別れを悔やんだ。
しかし、これからこの狭い車内で……と現実に目を走らせたが最後だった。ふっと冷めた情熱の裏で冷静な心が育っていることに気付いた。自分の心を守るための身勝手な心だ。そいつはいつも利己的で合理的で、嫌味も言えば人の心を顧みないこともある。
花形は今、上り詰める情欲の手前で急速なブレーキをかけた。
「流川、ゴメン。そろそろ帰るよ」
「………………?」
遠く離れてまで辛さを引きずって何になる? 会えない間抱く淋しさはいつか報われる? 二人の出会いが運命なら、二人の別れも運命じゃないか……………。
「流川、引っ越しは明日だろ? もう寝ておかないと、明日辛いぞ」
自らを疑うほどの淡々とした優しい声音。さっさと運転席に戻り、暗に帰宅を促したつもりだ。
………………これで三度目だった。流川は今怒りいっぱいに頬をひきつらせ、花形の腕を掴む手をぎゅうと握り込むも、鋭く睨みつけた後で徐々に力を緩め、やがて無言で車内を出る。ドン、と思い切りドアを閉めることで閑静な住宅街に怒号を響かせ、今にも何かを蹴り飛ばしそうな足取りで玄関へ、戸をガラッと開け、自宅に帰った。
それを見届ける途中にも花形は車庫から車を出し、逃げるようにして来た道を戻った。道路沿いに流れる海にどこか救われる思いで、海岸近くの駐車場に車を停め、窓に広がる水平線を前にやっとの息を吐いた。喉奥に締め付けていた何かを解放し、暗闇で波の音を聞き、一人静かに落ち込んだ。
あとはふらふらと車を出て、少し歩いて浜辺に下りる。蠍座の滲む夜空の下、黒い波は風を誘い、微かな肌寒さを呼んだ。清々しいほどにさぁっと通り抜け、先の人格をも吹き飛ばした。残されたのは、図体がデカイばかりのやさぐれだった。
汐風は嫌いじゃない。しかし今は心に沁みる。だんだんと寒さが伝わり、虚しさに覆われ、ただ漠然として、眼鏡を外せば薄れる視界に今日を葬った。波が全てを消し去ってくれる、今はそう願うほかに何を思えばいいのだろう。





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