トランクからバスケットボールを取り出した花形が遅れて三人の後を追い、大きな歩幅で流川に追い付く。
遊具を遠くに望む広い公園で、藤真と惺が語り歩くその後ろで、今僅かの隙間を埋めるべく流川が寄り添った。ダウンの衣擦れの音と共に、花形に問いかけた。
「バスケ部、どう?」
「うん、流石に地区予選は厳しかったよ。だが大学デビューにして頼もしい奴が同期で入ったおかげかな? 手応えは悪くなかったんだ。来年は案外ひょっとするかもな。もしかしたら、いつかの湘北みたいにさ」
今も活躍する大学生センターを知った流川は、そっと白い息を浮かべた。
ふと、前を行く藤真へ投げられた花形のパスは今も阿吽の呼吸で通ってしまい、受け取った藤真もまた、園内を行きながらの緩いドリブルを突いた。キャプテンというポジションについて、藤真は惺の相談を受けていた。そして反則のキックでボールを蹴り上げると、それは次期翔陽キャプテンへのパスとして、寒空高く舞い上がった。
「よし、惺行け!」
高いジャンプで受け取った惺はそのまま速攻、去年と同じ公園で、目指すゴールは去年と同じコートだ。風も突き破る速さに鳥が一斉に飛び立つ中、ひっそりと佇むリングに彼の力強いダンクが決まった。着地した惺はすぐ振り返った先のライバルを睨み、早くも次期キャプテン対決を挑んだ。
「来年はお前に一点もやる気はねぇ。俺が全部ブロックしてやる」
去年はそのバスケとすでに縁を切っていた彼だが、藤真の熱意と優しさによりここまで更生したのだ。その場面を正にこの場で見ていた流川はハァ、と呆れるが、彼も今、脱いだ黒のダウンジャケットを隅のベンチに放り投げたところ。
「惺も惺だが、流川も流川だよな」
そう後ろで見守っていたOBもコート入りすると、早速二対二に分かれ、日が落ちるまでゲームに暮れた。年末の人気のない公園でそこだけ激しく燃え上がるが、今日、去年のあのやさしい風がここに吹くことはなかった。
やがて車内に戻ってすぐは暖房もコートも要らなかったが、車で数分も走れば忽ち空は暗がり、口数も減る。
助手席からはすでに寝息が響き、「おっ……雪!」窓に貼り付く惺の声で花形が暖房を入れた。
深まる寝息は規則的に、シミ一つない助手席のシートに遠慮なく涎が垂らされ、多少の振動には動じない。
「流川……?」
流川は自分を呼ぶその人の声に包まれ、益々深い夢の淵へと落ちてゆく。それはいつか床を共にした国体合宿へ、寝ぼけて忍び込んだその中で、彼は甘えていた。
「先輩、キス……」
同じ部屋には仙道も清田もいるというのに、真っ暗な布団の中で広い胸板に縋り付く。その人の優しい声ごと奪うよう、下から迫り唇を吸うと、その人はこう言ったのだ。
「流川、うち着いたよ」
流川はぱっと目を覚まし、上体を起こした。小さなライトが照るだけの車内を見回せば、そこに藤真と惺の姿はなく、夢の中の人物と二人きりだった。
「藤真はもう送ったよ。惺は先に家に入った」
辺りはとっぷり暮れていた。睡眠とは、時に都合よくタイムスリップしてくれるようだ。
流川は早速車を出ようとした花形の腕を掴み、ぐいと引き寄せ、振り向いた唇に不意打ちを仕掛けた。唐突な寝起きのキスは忽ち花形に火を点けたらしく、狭い車内で密やかに燃え上がった。低い天井から射す薄暗い照明の下、手を握ることすらできなかった朝からの時間を埋めるべく、その想いが交差するよう互いの腕が絡み、重なる唇の忙しい水音はサイドブレーキが邪魔だと騒ぐ。しかし長身を捩ることでそれを乗り越えてさえしまえば、助手席のシートへ器用に片膝を運べば、あとは身を重ねるのみ。運転手が優しくリード、唇は繋いだまま、依然として微睡む流川を夢の続きへと引き戻した。
そこに今、ピンポンと鳴った玄関のチャイムで二人は慌てて互いを離れる。数メートル先のそこを確認、一度顔を見合わせてから車を降り、花形家の扉を開けた。先に中へ招かれた客人と何食わぬ顔で対面した。
「チワッス。あれ? 流川だ」
「水戸……?」
いや、その弟の方だと先に帰っていた惺が言えば、髪型が異なるだけの兄の方を花形は思い出したようだ。
「純平くん、先日の選抜予選でお兄さんに会ったけど、今は純平くんも湘北に行ってるの?」
「ええ。一緒に住んでんです」
「怪我も良くなったみたいで、安心したよ」
やがて夕食も風呂も済ませた二人は、暖房の効いた二階の部屋で寛いでいた。水槽の気泡がぽこぽこ言うだけの静かな空間で、流川は我が物顔でベッドに寝そべる。その縁に腰掛ける花形は洋楽雑誌を手に、ぼんやり記事に目を通していると、背後の流川が勢いよく上体を起こした。花形の背中を抱き締め、肩越しに雑誌を覗き、その片頬に受けた口付けを合図に二人の夜が始まった。
両親のいない家で過ごす午後九時の部屋。間もなく向かい合った身体はいそいそと密着し、ベッドへ上がる花形の膝から雑誌が落ちる。車内での続きを急ぐべく口付けは流れるようにして、流川の耳を執拗に濡らした。その度にビクビクと跳ねる身体が過保護に押し倒され、脚の間に片膝が割り込まれ、白い首筋が紅く色付く。流川の荒い吐息に艶やかな声が入り混じり、その覚束ない声も手足も、上から覆い被さる大きな身体がしっかりと抱き竦めていた。彷徨う指先まで保護されると、それはひどく胸を詰まらせた声で鳴いた。
「先……輩……」
薄く涙の張った瞳が訴えかけると、目の前の男の鼓動は軽く止まってしまった。
「流川…………」
呼吸を押し退けて出た声は掠れ、やっと零した吐息の先の額をそっと撫で上げる。その手はジャージの上を滑り下り、行き着いた流川の下半身に、その中心に落ち着いた。同時に唇を重ねればそれはムクムクと反応を返し、体温より高い熱をもって続きを乞うのだった。
しかし、たった今隣の部屋から響いたゲラゲラという笑い声に事は中断される。間抜けなゲームの音に馬鹿笑いは尚響き、夢が覚めてしまった。右手がさっとそこを離れ、それぞれ溜息と舌打ちを零した。
「今日は、純平くんも泊まるらしいから」
花形はそう言って、苦笑を浮かべ上体を起こす。
流川は暫し不貞寝と言った具合に壁を向いて横になるが、それも飽きたか、再び雑誌を捲る花形の背中に頭を凭れ、彼の肩に顎を乗せた。そして肩越しに、ある横文字を見つけたのだ。
「あ……」
花形の開く雑誌に宣伝告知が大きく印字されていた。
『待望のsynspilum初来日公演決定! 1月1日、Gホール。詳細は次号にて……』
いつか二人を引き寄せるきっかけとなったその名を見て、流川は彼の耳元で呟く。
「行く?」
「そうだな、再来年か……」
ふと顔を上げた花形は壁に掛かったカレンダーを見つめる。
明日、一月一日の更に一年後。流川はまだ国内にいる……。
「行けたら行くか」
流川が目の前の肩を抱き締めると、花形は雑誌を放った。明かりを消し、暖房のモニターが26℃を示すその中で事を再開した。一枚ずつ互いを晒し、早くも激しい抱擁と口付けに痴れる。顔を濡らす程のキスで、垂れた水滴が手探りで握った性器へと零れ、それをぬらぬらと湿らせていた。
「……ッ、せんぱ……」
唇が離れると同時に、音を上げた流川の赤く膨れたソレが水槽の光にも濡れ、蠢く青と脈打つ赤が妖しく溶け合う。先端に光る露が尚男を呼び寄せる。
隣の部屋からは未だ笑い声が飛び交うが、股座に顔を埋めた兄には何も聞こえないらしい。再度流川を押し倒し、押し開いた脚の間で丁寧に咥え込み、下から吸い上げ、表情を窺い見た。
「痛かったら言って」
一言添え、無防備に天を仰ぐ小さな入口を舌先で湿らせ、反り勃つソレを左手に握った。軽く解した入口に指一本を挿入した。
「………ハッ、ック」
苦悶に耐えつつも色を帯びた声音にゆっくりと二本目を挿し入れる。しかし忽ち苦痛を訴える声に花形はすぐそれを引き抜き、ゴメン、と身体を解放した。肢体を放り寝そべる流川を開き、再び中心に顔を埋めるのだった。
そして数回の往復で果てた流川は余韻に満ちた表情のまま、気怠そうに起き上がると、しっとり潤む眼差しで両手に捕らえたソレを見つめた。膝を着き、花形の脚の間に待ち構えるその肉棒を透かさず口に含んだ。
その急な奉仕を見下ろしながら、花形は少し困った顔で前後に揺れる頭を撫でていた。張りのある黒髪を梳くように触れ、熱心な舌使いに薄く頬を染める。しかしすぐ「痛っ」と声を上げるなり流川もソレを口から離した。歯が当たったか、全裸で後頭部を掻く流川は少し情けないものだ。
「いや、平気だよ」
花形もまたぎこちなく笑い、素直な流川の「ゴメン」で再び奉仕が続いた。
そうしてどうにか事を済ませた二人は、深夜に及ぶ隣の騒音に捕らわれることなく、裸のままそこに眠った。
情事を見届けた熱帯魚の跳ねる水音の中、目を閉ざした流川が何やら悪夢に身悶えるが、隣の腕に縋ればそこに優しい一撫でが触れる。それまで喘いでいた呼吸が落ち着き、安堵の寝顔を浮かべていた。
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