陽が天から見下ろすものの、荒ぶる波が冷めた潮風をそこに留めず、沿岸を行く車数台にそれを横から叩きつける。スピード落とせ! の看板立つカーブを過ぎ去る一台、一台と出迎え、続く黒の一台にも更なる強風を送り込んだ。
その助手席に、男は乗り込んでいた。波も凍てつく鋭い視線、車窓越しに光る切れ長の瞳、にべない無表情を頬杖に乗せ、水平線を睨めつける。……いや、たった今欠伸をした彼は目尻に大粒の涙を浮かべ、洋楽と暖房の流れる車内で無防備に微睡んでいた。隣の運転席に「先輩……」と甘えた声を発していた。
「どうした?」
「暖房下げていい?」
「ああ」
ハンドルを握る隣の彼は真っ直ぐ進行方向を見つめ、信号を確認するとゆっくりブレーキを踏んだ。
――十二月三十日。今年も二人は約束を交わし、今日から親不在の三日間を花形家で過ごす。今花形の運転する車に初めて乗る流川は、待ち合わせた駅に着いてすぐこの黒のインスパイアへと導かれた。真新しい助手席に促され、缶ドリンクが手渡され、そこに洋楽が流れれば、今年も二人静かな時間が待っていた。…………はずだった。
「兄貴寒みーってば。暖房後ろまで来ねーよ」
「花形は洋楽ばかりだな。これで英語が上達するわけか」
後部座席からの声に、流川は露骨に顔を苦らせる。せっかくだからみんなでという花形の提案により、今日は弟の惺と藤真も車内に収まっていたのだ。
「だいたいなんで流川が助手席なんだよ」
そう運転席に悪態をつくのはその後ろに座る弟で、運転手はウィンカーを出しながら慎重に左折した。
「流川は乗り物酔いしやすいから」
「へっ、だせーヤツ」
乗り物酔いしやすいという台詞が流川本人の口から出たことはない。しかし後部座席に弟と並べば、そこは冬の海よりしけることだろう。
一方、助手席の後ろからは決まってバスケの話ばかりが提供された。
「はぁ、今年の選抜もダメだったな」
「今年は湘北もダメだったからな」
ミラーに映る藤真の目は今も尚、打倒湘北を果たすべく手前の黒髪を見据える。そして花形と今年の予選をこう振り返っていた。
「伊藤が一回、俺のサインを無視したんだ。あそこでゾーンプレスに徹すれば勝ちも見えたはずなんだが」
「まあ藤真は正式な監督ではないわけだし、伊藤もプレイしながらそう客席ばかり覗けない。また来年だな」
「ああ。来年は惺がキャプテンだからな。なあ惺」
そう、隣の次期翔陽キャプテンに浮かべる藤真の笑みは来年も監督であることを匂わせる。照れ笑いする弟に暫し和やかな会話が続くが、次の花形の質問で、後ろの二人は透かさず身を乗り出した。
「湘北は、来年誰がキャプテンやるんだ?」
「俺」
ここで唯一の湘北生による答えは尚も変わらず無愛想だった。
忌憚なき即答に、翔陽組は暫し言葉を失っていた。
「……まあ、実力で言えば流川だもんな。次いで桜木となれば……まあ妥当か」
「流川がキャプテン……想像出来ねーや」
「でも、中学の時も流川がキャプテンだったんだろ?」
花形の問いかけに、そう、とだけ答える湘北次期キャプテン。きっと無口で無神経とされる彼が……と皆言いたいところだろう。しかし、湘北キャプテンとしてすでに赤の四番を継いだ彼は中学時代と変わらず、強気にチームを引っ張っていた。実は昨日も声を張り過ぎた所為で少し声が掠れている程だ。
「となると、副キャプテンが桜木だろ?」
「あのドアホウは使えねー」
「はっ、その調子じゃ新入部員も付いていくのが大変だな」
来年の湘北を覗く前の二人の会話に、藤真が割って入った。
「そうそう、俺のチームにも来年すごい後輩が入るからな」
花形はミラー越しに後ろを一瞥、眉根を寄せた。
「すごい後輩? 誰だ?」
「神だ」
「神って……まさか海南の?」
現海南キャプテンである神がなぜ、来年藤真のチームに入るのか。経緯を明かす藤真は終始にやついていた。
「前から大学で、高砂に色々とこっちのこと訊かれてたんだ。それで不思議に思ってたところ、うちに電話かけてきたの、誰だと思う?」
「さあ」
「実は神が大学でバスケ出来ないからって、あの牧が俺に頼ってきたんだ」
「牧か。あいつも後輩思いなんだな。まあしかし、神が入ったら益々活気付くというか、もうただのバスケ仲間じゃいられないな」
「うん……まあ何も考えてないわけじゃないさ。早速だが、来年早々社会人チームと試合組んだから、風邪ひくなよ」
そう、自らが主軸となるチームに藤真は小鼻を蠢かせつつ、キャプテン兼監督として手前のスーパールーキーにも声をかける。
「なんなら、再来年は流川も入れてやるぞ」
しかしその返事は花形からだ。
「いや、流川は……」
「どーせもう推薦来てるとか言うんだろ?」
「いや、違うんだ。流川は卒業したら…………」
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