星散りばめたる旗よ 4

流川が目を覚ましたのは、窓越しの太陽がすでに沈んだ後だった。それでもまだ薄明るい自室で、薄掛けを掛けられた彼は一人ベッドに横たわっていた。
彼はパッと起き上がると辺りを見回し、間もなく部屋を出て行く。階段を下りるが、あまり日が当たらないそこは薄暗く、物音もなければ人の気配もない。存在感を見出す以前のあの長身の影が家の中に見当たらない。
「………?」
流川は廊下の電気に続き玄関の明かりを点け、そこにあるはずの下履きを探した。すると、そこにガラッと戸が引かれ、見出す以前の存在感が彼の目の前に現れた。
「ああ、やっと起きたか」
そう言って、戸を閉める花形は片手にコンビニの袋を提げていた。何事かと見上げる流川に、それを小さく持ち上げて言った。
「歯ブラシ忘れたから、そこのコンビニで買ってきたんだ。夕飯も買ってこようと思ったが、ちゃんとカレーが作ってあったな」
花形が上がり込むなり、すっかり気の抜けた流川の腹がグゥ……と鳴る。寝起きで空腹の彼は花形の半袖を掴み、そのまま台所へと引っ張っていった。

やがて無人の一階はひっそりと暗く、空のカレー鍋は水に浸され、換気扇の回る脱衣場には、濡れたバスタオルが二枚干されていた。
「教習所の予約がなかなか取れなくて、結局大学生入ってからもしばらく通ってたんだ。それに部活もあってバイトも始めたら、帰りも毎日遅くなって……」
そう語る声は階段を上ってすぐ、唯一明かりの漏れるドアの向こう、流川の自室からだ。開けた窓から夜風を通し、そよめくカーテンのすぐ手前で、二人はベッドの上で身を組み合っていた。長く深く息吐く流川はすっかり脱力していた。
うつ伏せに寝た流川の両腕が、花形により真後ろへ引かれ、晒した背中が大きく反り返る。突き出た肩甲骨の間に窪む内側は、その素肌はひんやりとゲルに濡れ、傍に外用消炎剤のチューブが転がっていた。
花形は更に、その背中へ片膝を入れながら話を続ける。
「そういえば、五月だったかな? バイト先で木暮と会って、少し話したよ」
「眼鏡の?」
「そう。まさかバイト先で会うとは思わなかった」
「何のバイト?」
「家庭教師」
「………………」
一瞬にして流川の表情が消え去ったのは、そっと腕を下ろされた後だった。
枕に頬を埋めた彼に先の陶酔はなく、穏やかな会話はぱたりと途絶え、カーテン越しに遠く蝉の声が響いた。
……家庭教師。去年二人の関係に摩擦をもたらした彼女を、流川の耳は忘れていなかった。
「ああ、その……時給で決めたんだ。別に……」
静寂を解こうと試みる志望動機はしどろもどろで、去年の過ちを寧ろ掘り返す彼に、それを遮るように、くるっと振り返った流川が下から誘った。
「しよ?」
淡々と涼しい声で、オヤジのような淡い水色のパジャマを着た花形の腕を引き寄せた。
「え? あ、ああ……」
バランスを崩されたその身体は、仰向けに寝転ぶ流川の上に重なった。自然と触れたキスは忽ち忙しく、互いに愛撫を受け与えた。
黒縁のレンズを間に、今斜め下から割り入るキス。裸の上半身を覆う腕が下の背中へと回る。
「許してくれるのか?」
花形が強く抱き竦めながら、ぱっと解いたその唇で低めの声を発す。
……それは、半年を過ぎた今も呵責に喘いでいた。切に請う目が真下を見据え、火照った呼吸を肩で整える。
流川は苦り切った顔で、素っ気なく視線を横に逸らした。
「なあ流川、俺は本気だ」
年下へ迫る表情に綻びはない。しかしそれでも無口の流川には、下の胸筋に額を落とし、その中央にある不信感へと溜息を落とす。が…………
「ねえ、して?」
微かに持ち上がる語尾は項垂れる花形の頭上の唇から。はっと見上げた顔から眼鏡が外され、見つめ合ったそこで、流川の不満がぶつけられた。
「半年は長すぎ」
「あ、ああ……」
ではどうすればいいものか。困り果てた花形のその裸眼へ、流川が再び身体を強請った。
「早くして?」
じっと目を見据えたまま、枕の傍に眼鏡が置かれた。そして下から手がかかったのはパジャマの第一ボタンだ。
「親父みてぇ」
僅かな微苦笑を零す流川の、ボタンを外しかけた手が無言で取られる。
「馬鹿にするのか?」
一変して冷ややかな目が上から後輩を蔑んでいた。かつて湘北を見下したように、少しばかり強気の花形がそこにいた。
そして、流川はそこに納得した。
「それでいい」
微かに口角が持ち上がる。舞い込んだ夏の夜風に、カーテンの裾がふわりと捲れたその手前で、二人の黒髪が同時に揺れた。
背中を敷く手が流川の胸元へと移り、風の撫でた跡をゆっくりとなぞり、しなやかな白肌を滑りその頂きを狙う。
「もう許した」
半年の空白に、流川はその寂しさに屈してしまったのだろうか。今ピクッと身を震わせ、喉を反らした彼に先の余裕はなかった。
「ハッ、ンぅ………」
跳ね上がった声を押し殺し、パジャマの生地が強く握られる。
「先輩……」
身悶えるその胸元に、密かに爪繰られていたその突起に今は唇が触れていた。生地を掴む手が外し取られ、それをシーツの上で固く握られ、上の彼の片膝が下の彼の太股を割る。突起を転がす舌先が更なる情欲を呼び起こす。
「ハァ……」
蕩けた吐息が手前の髪を揺らした。顔を持ち上げた花形が、次の段階を促した。
「徐々に、慣らしていこう」
空いた手を下の方へと向かわせた。ゆっくり上体を起こしながら、先に触れたのはまだ半勃ちのソレ。投げ出された流川の足下から、一枚のトランクス越しにそっと掴まえた。虚ろな目を覗き込みながら、根元から先までを象った後でとうとう一枚を下ろした。蛍光灯の明るベッドに、横たわるその白肌に、淡いピンクの恥じらいが浮き出ていた。
気だるい興奮に染まる流川の、上気した眼差しが横に放られ、その視界に花形の指が伸ばされた。辿り着いた唇をなぞるその指先に亀裂が割られ、出迎えた舌先から細やかな水分が絡む。手に取ったその二本を、流川は次第にしゃぶるように吸い付いた。
その様子を、花形は足下から望んでいた。膝をつき、流川の愛撫を指に受けながら脚の間に深く屈む。大きな背中を丸め、逆の手に根元を握り締め、赤く膨れたソレに横から口付けた。
同時に力む腹筋は、その鍛え上げられた身体は今何の役にも立っていない。立てた片膝を内股にぎこちなく震わせるだけで、踏ん張ることもままならず、指のこじ開ける唇から小さな声を漏らしていた。
「ンンッ」
赤く膨れた先が唇に咥え込まれ、上から大きく飲み込まれる。優しい往復で満遍なく濡らされ、口内のソレは熱く脈打つ。
ぁ…………と開いた唇から指が引き抜かれた。そして、激しく嬲られるその下へと下りていった。
呼吸を整える合間にも呼吸は乱れ、数滴の汗が浮かぶ。しかし何かとスタミナを要する彼に休憩は与えられなかった。
「ハッ、ンゥ………」
咄嗟に表情を歪め、生地を掻く指先まで強張らせる。軽く解されたソコに、自らの唾液に濡れたソコに、今指先が侵入した。
「先輩……!」
喉を塞ぐ悲痛の声は、元旦以来の苦悶に喘いでいた。
「力抜いて?」
一本を挿し入れたままで花形が頭を上げる。空いた手で膝の下から脚を押し広げ、そこに更なる二本目をねじ込ませる。
「うぁ……ハッ、ぁ……」
そっと引き抜いた二本が再びグリグリと中を侵せば、荒がる呼吸は益々熱を帯び、微かに揺らぐカーテンに酸素と夜風をせがんでいた。時折嬌声とも呻きともつかない声を発しながら、それは一頻り喘いだ後で「先ぱ…………」と喉を枯らす。
悩ましく眉間を寄せた目で見上げた花形と、その視線が絡むなり、流川は自らの手で片膝を持ち上げた。自身の非ぬ姿を晒し、逆の手で花形の手首を掴んだ。膝を押し広げていた彼の手を、熱く膨れたまま放置されていたソレへと誘導した。覚束ない目でじっと見つめ、気付いたその人が優しく微笑みかけるまで……。
「ンッ……ぃ…………」
惜しげなく開かれた下半身が、その大きな両手により漸く愛でられた。汗に濡れた愛撫に、その激しさにベッドが軋んだ。
「あっ、ぁ……ンンッ……」
苦痛に歪み続けた声に微かな艶が帯び、再び口付けられたソレに、波打つ腹筋は大波の兆し。不規則に痙攣させ、「先ぱ……も……ぃイッ」と達したのはその数秒後だ。包み込んだ唇から、白濁の液が漏れ出ていた。





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