ゆく風、くる風 9

風呂を済ませた二人はすでにベッドの上にいた。今日も3年4組を着た彼は、先輩の長い脚の内で艶っぽい色を浮かべている。闇に仄めく青の中で、淡く染まる白肌に、そのうなじを這うキスに今、フゥ……と吐息を漏らす。
背中から伸びる手は無言で下半身の中央へ向かい、ジャージの上から掴まえたソレを優しく扱き出した。力なく開かれた脚の内側でムクムクと形を顕にしたソレを、中の情欲を意識した右手が上下に弄んだ。
「流川、下ろすよ」
花形がうなじへ囁くと、離れた右手は後ろから、器用にジャージを解きにかかった。暖房のそよめくそこで、下のズボンを、上のチャックを下ろし、無気力に凭れ掛かる後輩を素っ裸にする。どこまでも透き通る白肌を仄暗いこの部屋に晒す。
そのしなやかな背中を支えながら、花形は慎重に彼を横たわらせた。じっと顔を見上げる大人しい彼を、その頭を枕に乗せれば、覚束ない眼差しは何かを伝えたがっていた。
「嫌じゃない?」
上から尋ねると、それは下から片手を伸ばす。見下ろす花形の片頬に触れ、甘く掠れた声で告げる。
「抱いて……」
まるで妖艶な色気の塊が、上気した顔で抱擁を強請る。情欲に染まった流川楓は、優しい男の愛を求めていた。
花形は忽ち息を呑むの、生まれたままの彼を抱き竦めた。上から裸を覆うよう、行き着くところまで腕を回し、大きな身体で一八七センチを閉じ込める。そしてすぐに仕掛けたキスで、開いた隙間から愛を注ぎ込んだ。斜め下からゆっくりと舌を挿し入れ、突つき起こした舌をなぞりながら、右手は締まる太股に潜む。顕になった確かな熱を辿り、その高熱に触れるなり再び摩り上げる。
裸の彼には少し寒いか、キスの後で漏れた吐息は青白く浮かび上がり、すぐそこの耳元へ訴えかける。寒いか……? と質せば、もっと……と下から首へ腕が回る。
花形は今一度抱き締めながら、晒した胸元に唇を落とし、そこから二、三のキスで行き着いた耳元へ、外耳に舌を這わせながら、握る右手で射精を促した。
「ハッ、先ぱ……」
ベッドからはみ出た足の、その爪先がピンと突っ張る。奥の聴覚すら攻める舌先に、流川の瞳は淡く蕩け、呼吸も覚束ないでいた。
「ぁ………も……」
そう辛苦の声を上げ、背中が大きく仰け反った。
「ぃ……、イッ………」
……と、眉間をいっぱいに寄せながら。
「ぁあっ、……クッ」
泣きそうに歪めた顔で、強張る身体は可弱く屈した。包み込む手の内から、迸る精が腹筋の上に散った。
ハァハァと荒く呼吸を整える彼の長い肢体がだらりと放られていた。天井を透かし見る目は茫然と、気だるい虚脱の中に寝そべっていた。
そこに、あれ……? と机の前に立った彼は、空のティッシュ箱を手にドアへと向かう。
「少し待ってて」
そう言ってドアが閉まると、花形の出て行ったそこは流川一人だ。青の照明の前で全裸を晒したまま、後ろに着いた肘で浅く首を起こし、付着した自身の腹を見つめていた。そしてふと、卓上の目覚ましに目を転じた。
――23:59:44
「遅せぇ……」
そう呟く彼の許へ、今ティッシュ箱を手にした花形が戻る。すぐにベッドへ、取った数枚を手に裸体へ向かうが、その手は突如引き寄せられる。
グイと引かれるままに傾れ込みながら、花形が小首を傾げる。
「早く……」
せがむ流川の声と共に、下から逆の腕が背中に回った。
何やら急かす流川に、「どうした?」と発したのは強引なキスの寸前だ。すでに触れ合う鼻先から、後頭部を押さえつけてのディープキスが速やかに迫った。
明日誕生日の彼から、今日誕生日の愛しい彼へ。今日という秘密を絡めたキスが、水槽の住人だけが見守るここで贈呈された。
すると、静かだった水槽が今、ポチャッと新鮮な除夜の鐘を鳴らす。
「おめでとう」
それは一旦キスを解いてから、頭上の液晶を見上げて言った。
―00:00:09
昨日誕生日の彼から今日誕生日の彼へ。密やかな愛を育むここにも新年が訪れた。
二人は再度唇を重ね、漸く腹が拭われる。そして………
「先輩して?」
上体を起こしながら告げる流川は、去年である昨日を忘れていなかった。
「な…………」
花形は流川の隣に腰を据え、隣の裸に布団を被せながら改めて言い聞かせた。
「……正直、気持ちは嬉しいよ。だが昼間も言ったようにだ、もしかしたら、傷付けるかもしれない。もしもを考えたらまだ、急ぐ気にはなれないよ」
俯きげに、切実な優しさを溢す声は、優しさ以外の何でもなかった。
しかし横からじっと見上げる彼には通じなかった。
「でも先輩、挿れたっしょ?」
「………」
花形は口を噤んだ。
……挿れたか。正確には上に乗られたわけだが、その事実に変わりない。
「俺はもう、なかったことにしてる」
「嘘……」
それは暗闇に透かさず返ってきた。確信を宿す瞳は、昨夜の夢に悲痛の赤を見たばかりだ。今日ここを飛び出した流川は、静かに拳を握り締めていた。
「俺も傷付いた」
それは当然のことで、自分の居ぬ間に花形がここでそんなことをしてたとあっては今も怒りが拳から滲み出る。しかしながら、過ぎたことを責めたところで何も解決しない。その点彼は大人だった。
ただ一つだけ。その人の身体に残る、知らない女の感触を取り除きたい。今すぐにでも消したい。消し去りたい。良くはないと、彼が本気で言ったなら……
花形が上体を隣に向け、そして真摯に謝った。
「流川悪かった。本当に、ゴメン流川……」
顔を見る事もせず、大きく肩を落としたままで彼は頭を垂れる。
しかし、それでも「挿れて」と強請る無表情はなかなか強情というか、寧ろ罪に対する罰を強いているようですらある。
「それは……ダメだ」
「ヤダ」
こうも聞き分けのない流川は花形も初めてだろうか。
「聞けないの?」
悲し気に、やや冷たく咎める花形に、聞き分けのない子供は黙って頷いた。そして隣の眼鏡を外すなり、「え……?」と驚く彼を他所にそれを傍に置いた。
「な、何……?」
困惑してふためく隣のパジャマの、その下半身に流川は片手を忍ばせる。下腹部から差し込んだ手を、薄い生地の向こうで上下に蠢かした。そしてまた……
「早くして」
再三に渡る要求はすっかりいじけた仏頂面で、右手で忙しく扱きながら、裸眼の先輩に訴えかけていた。





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