ゆく風、くる風 10

ベッドの中央で遠く投げ出した花形の脚の内……その中央に、黒い頭が埋もれている。裸のまま両膝を着き、片手でしっかりと握り締めたソレを、口いっぱいに含んだ唇が満遍なく濡らしていく。少しばかり卑猥な音を立てながら、雄々しく天井を仰ぐソレは、仄めく青に照っていた。
「流川、そんなに……」
専心の姿を眼下に望みながら、花形は脚の内の輪郭を、暗がりに確認するよう指先でなぞる。若く滑らかな白肌を、そして滅多に開かないその唇に、性器を弄ばれる彼はついに、許容の返事をした。
「流川、うつ伏せになれる?」
素直に口を離した流川はシーツの上に、うつ伏せに寝転がった。
「肘、着ける?」
言われた通り両肘を着き、「上げて」と優しく触れられた尻を突き出す。
今コートの上のように、少し大胆な花形がそこにいた。
「脚、閉じて」
四つん這いに、黙って脚を閉じたその後ろから、その窄まった入り口を湿らせた指先が狙っていた。柔のソコを軽く解し、そこからゆっくりと沈めるように、長い指先がずぶずぶと埋め込まれていく。
「ンゥ……ック……」
シーツに埋めた顔から、忽ち苦痛の声が締め出された。丸めた爪先まで硬直させ、強く握り締める拳は軽く震えている。
花形はそれを見つめながら、「流川……」と煩いの声を発しながら、一本を更に沈めていった。
「ぃ……てぇ……、痛っ………」
首を左右に振りながら、流川は今にも泣き出しそうな顔で訴える。その明らかな反応に、指はすぐにも引き抜かれた。
「だから言ったじゃないか」
そう呆れ気味に、花形は透かさず身を案ずるが……
「いいから、挿れて」
後ろをキッと睨み付けるその鋭い瞳は、それでいて濡れた眼差しは、今も腹立たしさと悔しさとやるせなさに満ちている。筋肉で引き締まった身体は指一本すら拒むというのに、それでもセックスに拘る彼は、何をそこまで想うのか。
「……わかった」
妙に冷ややに、にべなく応えた花形は、突き出されたままのその後ろで両膝を着いた。腰に手を置き、硬く反った先をあてがい、静かな一息を置いた。
そして後は何も言わない。ギュッとシーツを握り締めた彼のソコに、いらやしく差し出したその一筋へ、一旦後ろに引いた腰を、しっかり押さえ付けたその中心に今、花形は大きく打ち付けた。
「………………!!」
一気に貫いた後ろの彼に、流川は直ちに振り返る。疑問いっぱいに顰めた顔は、先の苦痛とは全く別のものだ。
「先輩……?」
そう問い質す彼の、引き締まった脚と脚の隙間に膨れた肉棒が埋められていた。
「ゴメン、俺には勇気がない」
情けなく微笑む花形は、一旦腰を引いてから再び、ソコではなく内腿の間に打ち付けた。
流川は府に落ちない顔を前に、ただされるがまま、取った枕に顔を埋めていた。それは傍から見ればただの後背位だが、伴う感覚は比にならない、真似事でしかないわけだが、二人の呼吸は徐々に乱れていった。後ろのソレが貫く度に、流川の根元を直に突き上げていたのだ。互いに向けられた熱の触れ合いに、そして今、後ろからそっと伸ばされた手に、二度目の射精が煽られた。
「はぁっ、ぁ……、先輩………」
早速掴まえられたソレはすでに膨張していた。先の溢れた一露を、包み込む大きな手のひらに艶艶と濡らされ、早まる射精に耐えていた。

事が済むと、二人はベッドの上で座って寄り添う。
「良かった?」
「ああ。流川は、嫌じゃなかった?」
「ヘーキ」
一枚の布団に包まる中で、早くも重みを増した瞼は程なく閉ざされた。
流川……と呼びかけたその返事は、今日もあどけない寝息だった。座ったまま、隣の肩に片頬を預けたままで彼は眠っていた。
今日十六歳を迎えた寝坊助を、十八歳の彼がそっと横に寝かせた。腕に頭を乗せながら、共に並んだベッドの上で優しく頭を撫でた。肩の上まで布団を掛け、そして睡眠を妨げぬよう、覗いた額にそっと口付ける。
「おやすみ」
それは揺蕩う水面から、柔らかな光と共に水中へと響き渡った。青い水流に寝そべる彼を、眠る魚を包み込むように囁きかけた。
水魚の交わり……ふとその言葉を思い出す流川だが、共に蘇ったのは昨晩の夢……水面から注がれた一滴の赤。それがまた、水中を濁した。

 

――翌朝。ガチャガチャと洗い物をする音は一階のシステムキッチンからだ。小窓に漏れる日中の日射しが、黒縁のレンズに反射する。
そこからすぐのリビングには、スカスカのスポーツバッグを床に置いて中央のソファに掛ける流川の姿があった。がに股に開いたジーンズの両膝に肘を着き、だるそうに大きく屈んだ猫背で、浮かない顔をぼんやり持ち上げていた。
執拗なまでの『明けましておめでとうございます』を正面のテレビに見ながら、そこに今年初の無愛想を浮かべていた。
「終わったよ」
とキッチンから出てきた彼に見向きもしない。
「どうした?」
花形は歩み寄り、じっと画面を見据えるだけの彼を横から覗き込む。
「もう眠くなったか?」
そう隣に腰掛けるが、いや……とだけ応える彼はまるで釈然としない。
「気分でも悪いか?」
続く心配の声に、顔を背けた流川は深く頭を抱え、ハァッと息を吐き切った。不機嫌の顔を支える手に覆った。
花形は益々困惑の表情で隣を窺う。何やら思い嘆く彼をただ見守る。年下の気まぐれな恋人に、その攻略に少し手こずっているようだ。
すると今、場の空気を読まない生中継番組がその空気を壊してくれた。
「さて、これが各神社から引いてきた三つのおみくじです。初詣に行けない貴方も、この中から一つ選んでぜひ新年を占いましょう」
リアルタイムで賑わう神社から、掲示されたその三つのうちの一つが詠まれた。
『ときくれば 枯木とみえし やまかげの さくらも花の さきにおいつゝ』
ナレーターが解説を添えた。
「今は待つことで、時機に春が来て花は咲く、という意味なんですねぇ。このおみくじを選ばれた方は、今は少し、我慢してみましょう。時間が解決してくれるもあるということで」
流川はふっと顔を上げ、そして……
「先輩あれ、貰っていい?」

 

海岸沿いを走る列車を、赤い水平線がキラキラと照らしていた。やや窮屈な車内に揺られる彼は、元旦の今日も早速船を漕いでいる。座席の端で一人黒のダウンを羽織り、揺れに倣って頭が傾けば隣の乗客が顔を顰める。
日本中がめでたいこの日、花形の両親が戻るその前に流川は駅へと送られた。「また連絡する」という花形の声を最後に、何とも複雑な二泊三日を終えた。
眠る彼の後ろの水平線に、ふと舞い立った波風はやがて赤の夕凪に沈む。何人たりとも彼の睡眠を妨げまいと、海風は陸風に変わっていった。
そんな流川の抱えるスポーツバッグは、来る時より少し膨れていた。締め切れていないチャックの奥には3年4組の名票が覗く。
「ときくれば……」
だらしなく開いたその口から、小さな寝言が発せられた。




― to be contined. ―




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