ゆく風、くる風 2 |
鍵を開け、開いたドアの向こうは無言の暗がりが広がる。花形が玄関脇のスイッチを弾くと、そこは合宿後以来の流川を明るく出迎えた。 世間は正月、花形の話によると、両親は今日からの三日間を父の本家で過ごすらしく、結果二人はここにいる。三十、三十一、一日の二泊三日、ここは二人の城となる、その予定だったが…… いつかの部屋へ向かい、二人が階段を上り始めた時だった。背後で突然開いた玄関のドアに、二人は揃って振り向いた。 そこには金髪にピアスという何とも騒がしい身なりの男がいて、何の躊躇もなく上がり込もうとしていた。雑に靴を脱ぐその後ろには如何にも同様の身なりをした女性を連れていた。 流川とあまり背丈の変わらない、いや、もう少し大きいくらいのその男に、気付いた花形が声をかけた。 「ああ、惺(さとる)帰ったのか」 しかし彼は女を引き連れて無言で上がり込むと、二人を避けようともせずふてぶてしく階段を上がる。そして、バタンとドアの閉まる音は二階の一室から、花形の隣の部屋だった。残る二人が閉口するそこに、香水のキツイ匂いが尾を引いていた。 「誰?」 花形家に似つかわしくない人物を流川が問う。 「ああ、弟だ」 花形はそう言って、嘲た笑い声の漏れる二階の一室を見上げていた。 二人が水槽の住人が迎える二階角部屋に入るなり、花形が先の弟を紹介した。 「一応流川と同級だよ」 流川はその兄である花形をじっと見上げ、「似てねぇ」と口を尖らせた。 「まああの身なりだからな」 それでも似てないと言いたげな唇は益々尖るばかりだ。 そんな流川のダウンをハンガーにかけながら、花形は弟の話を続けた。 「昔は仲良くしてたんだ。だがいつか、惺の勉強嫌いがあの母親の癇に障って。母親も母親で少し言い過ぎるんだ。あいつもバスケやってたんだが、受験に影響するからと辞めさせられてね。それからあんな風に変わってしまった。あれでも元は素直なヤツだったんだ」 そう弟を思い、寂しそうな表情を見せる秀才の兄に流川はただ苦い視線を放つ。 するとそこに、「なあ兄貴ぃ」と、何とも調子のいい声がドアの向こうから聞こえてきた。 「なんだ?」 兄がドアを開けると、惺は卑しくにやつきながら用件を告げる。 「兄貴わりいけど、金貸してくれよ」 それには花形も露骨な呆れ面を覗かせる。 「小遣いはちゃんと貰ってるだろ」 「とっくにねぇよ、全然足んねぇの」 「そうか。悪いが母さんに頼んでくれ」 素っ気なく言って、兄はドア閉めてしまった。 「チェッ、ケチ」 閉めたドアの向こうでは早速ぼやく惺の声と、そして、ドンッと壁を蹴る音が響く。 花形はハァ、と溜息を吐き、コートを脱ぎながら流川に謝った。 「すまないな……」 そのやるせなさそうな背中を、流川はまるで、実の弟のような目で見つめていた。ベッドの縁に腰掛ける流川の隣に花形も落ち着くが、彼は弟を語り続けた。 「バスケは本当にがんばっていたんだ。真面目に続けていれば、きっと今頃俺なんて抜いてただろう。中学も一緒だった藤真がぜひ欲しいと、今年うちの部に入れたんだが、結局一度も顔を出してない。今年もし………………」 そんな遠い目の花形を見れば、続く言葉は容易に想像できた。……あの時流川に言った言葉だ。 『流川がウチに入ってたら……てとこだ』 流川のむくれっ面は更に外方を向き、うんともすんとも言わなくなった。 その不機嫌な片頬に、機嫌を窺うかのような軽いキスが触れた。 「どうする? もう風呂入るか?」 流川は無言で振り向くと、そこに返事のキスをした。 やがて暖房の効くその部屋で、風呂から戻ったばかりの流川が早速水槽に貼り付く。しかしタオルを首にした彼は、風呂に行く前と同じ白のパーカー姿だった。 |
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