眠れぬ森 6 |
寒さがまた一段と厳しくなったか、葉を失い裸になった木が風に凍えるよう震えている。しかし、今日この体育館に深冷霜月は存在しない。コート上の若い男たちの闘志が、館内の温度をこれでもかと上げ続けている。 ……冬の選抜予選が始まった。 「湘北だ!」 その登場と共に館内のどよめきが一層増した。今年インターハイ出場、そしてあの山王を破った湘北がコートに姿を現し、試合を控えたメンバーも多く観戦するそこはすでに満員だった。 その中には、今年インターハイ予選で負かされた相手を、今度は勝つために今一度そのプレイを目に焼き付ける翔陽メンバーがいた。 「三井寿……」 長谷川が、三井の3Pに鋭く目を光らせる。 「お、アイツまた飛んだ!」 藤真は宮城の急成長に目を奪われていた。 しかし眼鏡の彼だけは、その視線はコート上から外れ、傍の湘北ベンチを見つめていた。 本来なら、今頃観客席を最高に沸かせるナンバーワンルーキーの彼を、しかし今はベンチにいて、冷静に仲間のプレイを見つめるジャージ姿を、その痛々しい左手を、国体以来のその姿を彼は静かに見つめていた。 そんな湘北スタメンは赤木流川を欠き、まだ本調子でない桜木を起用している。 「やはり、赤木流川のいない湘北は寂しいな。心なしかベンチも寂しくなったか?」 観客席の牧が、一人足りない湘北ベンチを見てそう評していた。 寂しい湘北……あのインターハイから姿を変えた彼らは初戦に苦悩していたのだ。 桜木だった。インターハイ以来となる久々の試合にまだ本来の調子を取り戻せていない。 彼は国体メンバーには選出されたものの、怪我の経過を心配され、結局出場には至らなかった。しかしあのインターハイを知る人間からは過度の期待を受け、今日はそのプレッシャーを自信に変えられずにいる。連発するミスに頭を抱える姿は、少しばかり大人になった証だろうか。ある意味でらしくない彼がコート上で取り乱していた。 そんな彼の姿を、今じれったく見つめる二人…… 一人は流川だ。手を出せないコート上の、目の前のふざけたプレイに悉く舌打ちを繰り返す。苦々しく「どあほう」を吐き捨てる。 程なく前半を終え戻ってきた桜木に、彼はいつもの暴言を吐いた。 「真面目にやれどあほう」 「だーっ、わーってらい!」 そう喚き散らす今日の桜木は、流川だけでは変えられそうになかった。もう一人、必要だった。 「なーにやってんだ花道」 あまりのプレイに痺れを切らしたか。彼の親友が、ベンチ裏の出入り口まで降りて来ていた。 「洋平……!」 気付いた桜木が振り向き、駆け付けるなり、洋平が笑顔で励ます。 「怪我はもう大丈夫だっつわれただろ? 俺が保証すっから、な? 暴れてこいよ花道」 やがて、後半戦が始まった。そこには何かが変わった湘北がいた。 「桜木が違う……」 牧の隣の神が言うように、 前半にはなかった集中力が今明らかに見て取れる。一体何がそうさせたのか、訝しげに見つめる彼等はまだ、湘北の強さの秘密を知らない。 そうして試合は終了し、湘北の勝利に個々の思いを馳せる観客席を立ち、花形は掌ほどの包みを一つ抱え、階段を降りて行った。すると、差し掛かった廊下で二人は偶然鉢合わせた。 「あ……っと、水戸くん」 花形が声をかけると、数メートル手前で気付いたいつかの恩人も、「ああ、どうも」と軽い会釈で歩み寄った。花形は立ち止まり、先日の礼を再度告げた。 「この間は本当に助かったよ。あの後大雨降ったけど、大丈夫だった?」 「ああ、全然っすよ」 そう洋平も足を止めた後で、聡明な彼はすでにその行き先を察したようだ。 「湘北はそっちっす」 親指で、出て来た後ろを指していた。 「はは、すまない」 照れ笑いを浮かべた花形が洋平と擦れ違いに、指された方へ真っ直ぐ足を進めようとした、そこに洋平が一つ付け加える。 「流川、ちゃんと礼言いましたよ」 それはふと立ち止まった洋平から、先行く花形の背中へと告げられる。 「それはよかった」 足を止めた花形が、目的の彼の許へ再び歩み出す。一人振り返った洋平は静かにそれを見送っていた。その時だった……。後ろからぞろぞろと、王者海南メンバーが洋平を避けるように通り過ぎる。年齢以上の貫禄を見せる帝王、牧を先頭に、控え室へ向かう彼等は程なく試合に挑むようだ。 すると、軽く衣擦れしたメンバーから洋平に向けられた微笑。 「あ、ごめんね」 洋平は、少しの間その場に立ち尽くしていた。白の6番を見送った後で間もなく踵を返した。
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