国大地区予選一回戦――。神奈川混成チームは余裕の前半を終えた。
高頭監督はすでに次の試合を踏まえ、主力を温存しようと、牧、赤木、神、仙道を下げた。劣る体力面を補いたい流川を除いた総入れ替えを図り、始まった後半戦では、三井、花形、藤真、流川、福田がコート上で目を光らせていた。
大きく開いた点差の下、藤真が相手チームのパス捌きを絶ち、パスを手にした流川が瞬く間にゴール前へ切り込む。すると、前半オフェンスの中心として活躍した彼にはすぐに二人のマークが着き、シュート体勢に入ったものの上手く切り崩せないでいた。
……その時だった。今流川から後ろのメンバーへ、実にスムーズなノールックパスが通る。踏み出した適切な位置へ、すぐに追い掛けた花形がヘルプに回っていたのだ。
花形は速やかにゴール下へ、そして着いた二人のディフェンスから遠ざかるよう後ろへ飛び……――――
ベンチに腰掛けていた高頭が大きく頷いた。
「やはり今年は混成にして正解だったな」
その大きなご満悦面を扇子でパタパタ扇ぐ向こう、二点の加わったスコアボードの下に、倒れた花形の手を取る流川の姿があった。
ノールックパス……相手を見ずにパスをするだけだが、その可能性をインターハイで見出したばかりの流川に、況して同じ学校でもない、毎日共に練習しているわけでもない花形に今それが叶ったのは……。
花形のフェイダウェイで更に勢い付く神奈川勢だが、後の不自然な相手チームの変化に、その勢いは急激に冷めていった。ほぼ負けが確定したことでヤケクソになった彼らの明らかなファウルを、しかし審判にはわからないやや悪質な攻撃をそれぞれが身に受けていたのだ。
その卑劣なやり方にはオーバーに抵抗を訴えるメンバーだが、逆にファウルを受けることを恐れ、彼らは大人しくベンチの声援に頼る。
予選は今日始まったばかり、一回戦早々怪我をするわけにはいかない。あと一歩がどうしても踏み出せないメンバーは苦戦を強いられていた。あからさまな戦法は地味に効果を発していた。
そんな中、ボールを手にした花形がゴール下へ切り込む。そしてジャンプ、ボールを放とうとしたその瞬間だった。
それはがたいの良いディフェンスの、全体重を掛けた体当たりにより豪快に押し倒された。ドカッとコートに叩きつけられた音もまた豪快で、花形は背中から思い切り倒れ、更には上にのし掛かった相手にも圧され、強打した後頭部を支えながらすぐには起き上がれないでいた。直ちにレフェリータイムが取られ、彼にはそのまま救護室行きが告げられた。
長谷川に肩を支えられる姿を、退場する背中をコートのメンバーが見守っていた。その隙間からはじっと背中を見据えていた鋭い視線が、倒した張本人へと向けられたところだ。
痛ってぇ、と他人ごとのように身なりを整える相手の許へ、流川は無言で歩み寄っていった。何事かと持ち上がった顔の真正面に詰め寄り、言葉を発せられるよりも先に流川は手前の胸ぐらを掴み上げた。流川の片頬は微かに痙攣し、睨み付ける目には異様な光が浮かんでいた。
「なんだテメェ……?」
威圧的に胸ぐらの手が払われるなり、「ふざけんな」の応酬で危うく乱闘になりかけたところで咄嗟に駆け寄った三井が流川を押さえ、その場はどうにか鎮まる。周りはホッと胸をなで下ろし、花形の代わりには高砂が出て、相手には警告が与えられた。
そうして漸く再開された試合に、それは見事に影響していた。冷静という意味での無神経を欠いた流川は、周りを見ないどころか無理矢理なディフェンスでファウルまで取られてしまう。おかげでチームはバラバラだ。調子づいた相手に、花形が倒れてからすでに三本のシュートを与えていた。格下といえ敵のピンチをチャンスに変える実力はさすが県代表チームであった。
震える手に扇子を握った高頭は、すっくと立ち上がると早速タイムを申し出る。その矛先は当然流川だ。
「少し休憩するか?」
呼び寄せたメンバーを前に、暗に交代を勧めていた。流川は小さく首を横に振ると、逸らした視線に少しばかりの反省を見せた。
そこに氷を頭に当てた花形が戻って来る。彼はスコアボードに目をやるなり、まず小首を傾げた。大丈夫か? と周りが取り囲む中、花形は奥の流川に質した。
「どうしたんだこの点差は?」
流川は顔を上げるが、それは痛々しい姿を見つめたまま何も言わない。
「流川がいるのにこれはないだろう。一体何があった?」
再びスコアボードを見上げた花形がやんわり問い詰めた。が、返ってきた流川の応えは心配の眼差し。それ……と浮いた片手が氷で冷やされる後頭部へと向かう。
そこに、タイムの終わりを知らせる高頭の声が飛んだ。
「おい流川、早くコート出ろ」
すでに皆がコートに立つ中、今もなお負傷を案ずるその顔に、花形は言った。
「がんばれよ流川。アレ、早く見せてくれよ」
するとその瞳に無神経を取り戻した流川は踵を返す。颯爽とコート上へ飛び出していった。
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