洋平は駅を出ると、もの寂しい夜の街に一人繰り出していった。商店街前の八時を回った時計の下を通り過ぎ、まだまだ人のうろつく商店街を避け、暗い脇道を行く。
「こりゃ二人とも終わりか……」
所々街灯でぼんやり照らされているだけの歩道で、洋平はポケットに手を突っ込みつつ寂しそうな笑みを浮かべる。間もなく差し掛かった公園の鉄棒によっ、と腰掛け、懐から一本取り出し、口に咥えた。
「はっ、俺も懲りねーよな。ビョーキだわ」
自嘲しつつ点火し、悦に浸った表情で肺いっぱいに深々と吸った。そしてフゥと吐き出した吐息には寂莫を宿し、暗闇に一筋の白い煙を浮かべた。
それは日中の暑さで湿った夜風に混じり、公園を出ては横の歩道へとゆっくり棚引いてゆく。まるで誰かを誘う糸のよう、妖艶に宙を舞い、今、そこに一人の男が歩いてきた。
「あいつ、意外に酔うとタチ悪いな……」
何やらブツブツとぼやく彼はほろ酔い気味で、駅の方角へ向かう途中ではっと足を止めた。目の前に、一筋の煙が漂っていたのだ。闇の中でフワフワと浮かぶ白に、そっと右手を持ち上げた男はそれに触れようとして、瞬時に消えたその火種を追えば視線が公園の中へと辿り着く。フェンスの向こうを覗き込めば、小さく光る赤を中心にぼんやりと男の姿が浮かび上がった。若干崩れ気味のリーゼントに、学ランを羽織った男が鉄棒に腰掛け、黙々と煙草を蒸かしていたのだ。それは見知らぬ不良によるただの喫煙でしかないが、通りすがりの彼は暫くの間そこに立ち止まり、煙の向こうにぼんやりと覗くその虚ろな表情に見入っていた。
するとどうやらその視線に気付いたらしく、二人は程なく視線が合う。通りすがりの男は慌てて立ち去ろうとするが、煙草の男が「あれ……?」と声を発したことで後に二人の素性は明らかとなった。
よっ、と鉄棒を降りた男、もとい洋平が歩道へと歩み寄る。そして通りすがりの男の顔をまじまじと見つめ、「ああやっぱり」そうにこやかに話しかけたのだ。
「あんた知ってる。花道が初めてのダンク決め損ねた試合ん時の……確かキャプテンだっけか?」
「花道……って桜木? じゃあ君は湘北の?」
「ええ、花道のダチっす。何してんすか? こんなとこで」
「ああ、今大学の友達のとこで飲んでて、その帰り。駅向かってたんだ」
「なるほど大学生か……あ、俺も駅行くとこ」
そう言って煙草を処理し、駅の方向へ歩き出した男の隣に駆け寄った洋平は、今日も煙草の臭いを纏ったまま……。
「君、名前は?」
「水戸っす。水戸洋平。あんたは……っとー……??」
「藤真」
「そうだ藤真さんだ。懐かしいなぁ」
「ははは。桜木は元気?」
「ええまぁ」
二人は並んで駅に向かっていった。途中、初対面にしてちゃっかり隣を歩く調子のいい不良に藤真が尋ねる。
「今年の湘北はどう? インターハイ行けそう?」
「ああ、今んとこ。けど流川が調子悪いみてぇで」
「流川が? なんで?」
「さあ、知らね。藤真さん、今度湘北の練習でも見てやって下さいよ」
「ははは、まだ翔陽にも顔出してないのに」
そう無邪気に笑う大学生の藤真は、今も変わらず綺麗な顔していた。それを見た洋平の目は何か邪なものを孕み、ニヤリほくそ笑む。一人暮らしを始めたと明かす藤真に早速一夜の宿を乞いつつ、そっと胸の中で呟いた。
「今度こそ、やめられっといんだけど……。な、花道…………」
そしてポケットの中の煙草を握り潰した男は、後に神奈川のエースキラーと異名が貼られた――――。
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