翌朝、流川は洋平の蹴りによって起こされた。何をしても起きないからという理由で、暫し脇腹を抱え込む有様であったが流川の機嫌はよかった。
洋平の母親は夜の仕事をしているらしく、深夜には帰ってきたらしい。そんな母親の作った朝食を掻き込み、洋平の命により流川が洗い物を済ませ、二人は共にアパートを出た。無言ながら隣並んで登校した。しかしその道中のことだ。
「洋平ーっ!」
後ろからご機嫌に駆け寄ってきた赤い髪は、洋平の隣の存在に気付くとすぐ食って掛かった。
「オメーなんで洋平と登校なんだ? オメーんちこっちじゃねーだろ!? あ?!」
「おい花道、偶々じゃねーか。用事でもあったんだろーよ。だから朝から喧嘩売んなよ、な?」
甘ったるい猫撫で声で、二人の間に割って入った猛獣を洋平が宥める。
「たまたま? まあ、キツネの用事なんて興味ねーけどよ」
その猛獣遣いによって、猛獣は素直に大人しくなる。
今、いつの間にか二人の一歩後ろを行く流川はじっと二人のやり取りを見つめていた。主に花道に対する洋平の態度だ。去年はまるで日常の風景でしかなかった様子に流川の目が嫉妬に満ちる。
その後、花道が何かと後ろの流川に悪態を吐きながらも学校に到着した。花道と別れ、流川と洋平の二人は五組の教室に到着。そしてそれぞれ着席した途端、流川は机に顔を突っ伏した。顔を上げれば三列前に覗くその後ろ姿に当然手は届かない。何も触れない掴めない。ここにはあの煙すらないのだ。授業中は勿論、休み時間ですら口を交わすことも顔を合わせることもない二人は、傍から見ればただのクラスメートだ。結局、他人でしかなかった。
そこにまたもや花道が登場したことで、流川は今日も洋平を抱くこととなった。
午前中の空き時間、花道は移動教室の途中に立ち寄ったらしく、真っ直ぐ洋平の許へ、そこで話に花を咲かせる様は極見慣れた風景だ。傍から見ればとても仲良しの二人だった。
「……したら晴子さんがよぉ、俺のこと見直したって!」
「よかったな花道」
「ナハハハ! こりゃ一緒に登下校する日も遠くないぜ! ガハハハハハ!」
「んな上手く行くかよ」
「だとぉ? なんだ洋平嫉妬か?」
「しねぇよ」
「まあ晴子さんは可愛いからなあ、でも洋平は手ー出すなよ」
「出さねぇって」
洋平の言っていることは若干冷たくもあるが、あくまで口調は優しく、顔は笑っている。流川に対する態度とはまるで正反対だ。
「まさか……」
突如席を立った流川の視線は常に洋平の背中にある。言う間でもなく二人の仲を疑っているのだ。
次の休み時間、流川は一人トイレへと向かう洋平の後をつけた。
「またどーせタバコだろ?」
知った口調でぼやいた流川は洋平が個室に入る寸前、そこに透かさず飛び込んだ。
「わっ!! ち、ちょっ、オメー流川! 何すんだ、早く出ろ!」
音もなく現れた変質者……もとい流川の登場に驚いた洋平はつい右の拳を飛ばすが、「嫌だ」とそれを流川が掌で止める。誰もいない狭い個室での一騒動は間もなく静まり、洋平が言った。
「じゃー俺が出る」
「ダメだ」
そう言って流川が洋平を抱き締めれば、洋平はいつも通りの無抵抗、冷静に流川の行いを諭していた。
「……オメーさ、ここ学校だろ? TPOがわかんねーの?」
流川は一度洋平を離した両手をドアに、洋平を囲うように貼り付け、改めて問い質す。
「聞きてーことがある」
「なに」
「テメー、桜木とはどういう関係だ」
単刀直入に切り出すが、呆れる洋平にとっては愚問でしかないようだ。
「どーもこーも、花道はただのダチじゃねーか?」
「なぜアイツには優しい」
「なぜって、俺は優しい男だからだよ」
「嘘つけ」
流川は昨日、洋平から散々な精神的苦痛を受けたばかりだ。
しかし今朝の登校からのわかりやすい流川の行動で、洋平は早くも意図を汲んだらしい。
「はははははは。お前なに、花道に嫉妬してんの?」
嘲笑する洋平を無視、流川は執拗に責め立てた。
「答えろ、なぜアイツには優しい。アイツの前でも煙草吸うのか?」
「はは、もちろん吸わねーよ。まあ……花道は特別だな」
「特別……?」
そう聞いて、昨日結ばれた相手としては嫉妬せずにいられないだろう。流川は怒りを通り越して呆然と立ち尽くしていた。
「流川、オメー勘違いすんなよ? 変な意味じゃねーかんな」
「どーゆー意味だ?」
「そりゃぁ……オメーには関係ねーだろ?」
「ある」
「ねーよ」
「ある。恋人だから」
それは昨日、二人が身を交わして後で流川の口から初めて発せられた言葉だ。洋平はあからさまな怪訝を返した。
「いつ恋人になったんだよ?」
「昨日」
「……オメーってそーゆーヤツだったの?」
「いーから答えろ」
あくまで受け流そうとする洋平に、それまでここから出さない……と言わんばかりの流川は再び両掌をドアに貼り付ける。
「俺は流川のそーゆーとこ嫌……まぁ、悪くもないかな?」
この場においてそんな冗談を言える余裕が洋平の悪い癖でもある。しかし、今の流川に伝わるわけもない。
「早くしろ」
いつまでも食い下がる流川には洋平もハァ、といつもの溜息で、まず断りから述べた。
「……先に言っとくが、お前は花道みてーにはなれねーよ」
なぜ? という流川の気持ちを裏切るように、折しも今休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「おい流川、鐘鳴ってっぜ? 聞こえねーのか?」
それでもここを出ようとしない流川に洋平は自身の耳を指し、「オイ聞いてんのか?」と嘲るが、流川はどこまでも頑なだった。
「答えるまで出さねぇ」
「オメーは授業中寝てっからいーけど、俺は真面目だから授業受けてぇの」
「嘘つけ」
それからも一向に口を割らない洋平だったが、同じく一向に譲らない流川には埒が明かないと判断したのだろう。すでにチャイムが鳴ってから数分は経過していたわけだが、洋平が遂に理由を零した。
「わーったよ。あんまし言いたくねーんだけどな……」
あまりのしつこさに観念した洋平は、今微かに俯いていた。落ちた眼差しに薄暗い影が帯びていた。
やがて頭を掻き、重い一息を置いてから真相は淡々と語られた。
「中坊ん時、またヤベーとこにお袋が借金作っちまって、しばらく家の前張られてたんだ」
……そして洋平が夜中に帰ったある日、玄関前で柄の悪い男らと鉢合わせ。どーすんだ、と中学生に浴びせられても勿論なにも言えず、何が出来るでもなく、それでもただでは帰らない彼らは中学生に条件を突きつけた。
「一週間以内に一割の十万用意したらちっとは待ってやる……ってさ。けど、中坊にそんなの無理に決まってんだろ? パチンコだってまだまだションベン臭い顔してりゃすぐ追い出されて話になんねーし」
そんな矢先、洋平は高校の先輩から売春の話を聞いた。その場で即答など勿論できなかったが、本番ナシで一回二万と聞けば飛びつかずにいられなかった。背に腹は変えられないと、事情を訊けば意外と需要が高いと知り、初めてその世界に触れた。
「ただ下手に噂になんのは御免だから、その先輩も信用なんねぇからって、同じく本番ナシの横浜の店に世話んなることにしたんだが、これが失敗だったんかな……」
まずはそこに来た理由として借金のことを告げれば、がんばれよとその場で百万が貰えた。今となってはそれが『倍は稼げ』の意味だとわかるが、その時は何もわからず受け取ってしまった。その金でどうにか借金の片は付いた。母親は意味もわからずただなんでなんだと泣いていたが、母子二人のアパートをまた柄の悪い連中に張られるよりマシだった。
「……で、俺の初仕事だ。制服着てけば倍もらえるっつったからもちろん学ランで行ってやった。したらその客ってのがまた脂ぎったオヤジでよ。金のことがあっから多少我慢したけど、いきなり掘られそうんなって、俺もガキだったんだな……」
カッとなった洋平は客の男を蹴り飛ばし、殴って病院送りにした。それがよりにもよって店一番の上客だった。
「ああ、本番ナシなんてのは所詮建て前に過ぎねぇんだ。裏の人間には借金どころか客減らしてどーすんだって、当然帰らしてはくんなかった。ボコボコにされて、気付いたら俺は親玉の前で素っ裸だ。そこで言われたんだ。親玉の犬になりゃ借金はなかったことにしてやるって」
すでに顔を青くしていた流川の前で、放たれた洋平のイカれた笑顔はもう誰も知るものではなかった。
「……はは、すんなり乗っちまったよ、俺」
それから外出はおろか、服も捨てられたかどうかも知らず、中学生はとあるマンションの一室に監禁された。
「絶望ってやつだよな? 痛てぇのに不思議と笑いが止まんねんだ。それが唯一の抵抗だったんだ。その面が気に入んねぇって、その日も親玉に掘られてたんだな……確か二日目か。最中だったんだ」
どういうわけか、ある日マンションの玄関に現われたのが桜木だった。何故場所がわかったのかも知らない、今も知らない洋平だが、正に最中だったことで洋平は全裸だ。
「アイツと目が合った時は、助かったっつーより逃げてくれって思った。アイツエロ本だって見れねーのに、あんな汚ねぇもん、アイツに見せたくなかったよ……」
しかし洋平の気持ちとは逆に、洋平の姿を見て沸々と逆上した桜木はその場で大暴れ。その日数人しかいなかったのも運がよかったのか、まだ親玉の下半身が収まらないうちにそこにいた全員をふっ飛ばし、洋平は助かった。
「花道さ、何も言わねーで上着掛けてくれて、おぶってくれて、花道んちの風呂入れさしてくれて……病院行くか? って、それだけ聞いて、後は何もなかったように居てくれる。あれからずっと、今日もだ」
……今日も二人は仲良しで、誰から見ても友達で、支え合い……いや、主に洋平が支えながら笑いの絶えない毎日を送っている。
「……あの、どあほうが…………」
「あとは花道が何言ったか知らねーけど、花道の親父さんがお袋に今の仕事紹介してくれて、無理してアパートまで手配してくれて…………けど、親父さんあの後……――――」
「親父さん? 何が……?」
そこは突っ撥ねるよう、洋平は一方的に幕を閉じた。
「だからアイツは特別なの。いーもう?」
「………………」
流川は今、深く肩を落としていた。桜木が特別な理由がよくわかった。軽々しく答えろなどと言っていい話ではなかった。昨日初めてセックスを知った彼にとっては塞ぎ込みたい程のショックだ。握り締めた拳が震え、その振動が張り付いたドアも揺らしていた。
……しかし、流川の中ではそれとこれとはまた別のこと。これだけはどうしても恋人として問う必要があったのだ。
「で、オメーは桜木のこと……好きか」
「はははは、だったらどーだっつーんだ?」
高らかに笑い声を洋平だが、その顔は全く笑っていない。
「もし助けたのが俺だったら、オメーは俺に……」
「おい流川、勘違いすんなっつっただろ? もしそれでオメーが花道に余計なこと言ったら……」
流川より鋭く沈んだ眼差しに今周囲の全ての音が消え去り、流川の息の音すら止まる。
「ぶっ殺す――――」
洋平の目は本気だった。まるで桜木のためなら……とでも言っているような、事実そうであることに流川の頭は今、真っ白な煙で覆われていた。いくら昨日抱いたとはいえ、洋平にとって流川の存在価値は桜木に比べ、煙草以下だ。その煙にすら満たないのかもしれない。
しかし流川が次に見た洋平はいつもの愛想を浮かべ、軽やかな笑みを浮かべ、そして、流川を誘っていた。
「流川」
「……?」
「するか? 今」
「……?」
「オメーのせいで大事な授業遅れちまったし、今出ても怒られんのには変わんねーしよ。少し屈め流川」
疑問を浮かべつつも屈んだ流川の唇に、今洋平の唇が触れ、舌が滑り込めばそれは今日も苦辛い。忽ち絡み合う二人は昨日互いの体を知ったばかり、高まるばかりの情欲は至って新鮮だ。重い告白の後の甘い誘惑は、流川の中に満ちた不信感を瞬時に欲望へと変えてしまった。
授業中、誰もいないはずのトイレから鈍い物音と荒い息使いが絶えず響き渡る。まるであまりに黒すぎる洋平の過去を掻き消すよう、壁に手を付いたその尻に激しく腰が打ち付けられた。
「あ、流川今日は中出すなよ」
「あ…………」
「だーオメ!! バカこのっ! あーもうどーすんだよこれ……」
「ゴメン…………」
それからというもの、流川の桜木に対する暴言が若干減ったようだ。桜木がシュート失敗しても…………。
「だー外れたっ!」
「どあ……」
減ったつもりなのだ。
そしてその日の部活も流川は辛うじて暴言を抑え、部活を終え、着替えを終えようとした、その時だった。
「おい流川」
部室に入ってすぐ、これから帰ろうとする流川に声を掛けたのは桜木だった。
「流川ちっと来てくれ」
「勝負ならしねぇ」
「今のオメーと勝負したって意味ねぇよ。それより、ちっと来てくれねーか……」
いつものアホ面と違い、声量を抑え深刻な表情をした切実な申し出に、流川は怪訝に頷いた。
連れ出された先はすでに誰もいなくなった体育館で、後ろを着いてきた流川は数歩の間を置いて立っていたが、連れ出した桜木は背中を向けたまま、一向に何もしゃべらない。
「テメー、用があんならさっさとしろ」
流川が痺れを切らしたところで、漸く開いた桜木の口は重かった。
「……流川、オメー最近、よーへーと仲良いよな?」
「それがどーした」
「いや、それは構わねぇんだけど、なんつーかその……試合勝ちてぇんなら、よーへーとはあんま…………」
「……?」
桜木は向き返り、目の前のライバルに対し、曖昧な忠告をしたのだった。
「俺もよくは知らねぇけど、きっとよーへーに悪気はねぇんだろーけど、その……ちっと嫌な予感がしてだな……」
花道の言葉は要所要所を見事に曇らせている。
「何より、オメー最近調子悪いしよ」
そう付け加えたものの、「だからどーした」と返ってくればそれまで。
「それだけだ」
要点を避けた忠告が当然伝わるわけもなく、きっと最近洋平と仲良くする流川に対する嫉妬……そう取られても仕方ないだろう。流川は黙って踵を返していった。
その背中にもう一つ…………。
「あと、あんまタバコの煙、吸いすぎんなよ」
しつけーな、とだけぼやき、去っていく流川の背中を桜木はいつまでも見つめていた。そして言った。
「あれは、きっと毒なんだ――――――」
――桜木は知っていた。
武園の小田が、去年冬の選抜にいなかったこと。
去年のインターハイが終わり、秋ぐらいからなぜか急に洋平と仲良くなった。知った矢先に葉子と別れたとの噂を聞き、そして最近、バスケを辞めたと……。
以前もそう、バスケとは限らないが似たような話を聞いたことがあった。
……例の事件があってからだ。
中三の二学期が終わろうとしていたその日、午後から洋平の姿が消えた。当時は何も気に留めない桜木だったが、今思えば、洋平は一人初めての覚悟をしていたのだろう。
桜木は家に帰ると制服のまま、体の思わしくない親父を連れて通院中である横浜の病院に向かった。大きな病院であることから大勢の順番待ちで、会計を済ませる頃にはすっかり暗くなっていた。
そこで桜木はふとトイレへ、親父を待たせ、一人トイレから出ようとしたところ、後ろから見知らぬ中年の男に声をかけられた。
「あんちゃん、それどこの制服だい?」
治療済みの包帯や湿布の真新しさが却って痛々しい、声のしゃがれたオヤジだった。
「……あ? 誰だよオッサン、派手に怪我しやがって」
「君と同じ制服の子にやられたんだよ。これから四日も入院さ。まったく、最近の子ってのはガラが悪いねホントに」
「見間違えだろ? 俺こっちの学校じゃねぇし」
「見間違えるわけないよ、その制服でって頼んだんだ。それに校章だって同じだ。一丁前にリーゼントなんて決めて、可愛かったけどね」
言ったオヤジは、実に下品な笑みを浮かべていた。
「リーゼント……? 誰だよソイツ?」
「さあ、下の名前しか聞いてないけど、洋平君って言ってたね」
桜木は瞬時に色褪せた。
「よ…………洋平だと!?」
同じ学校でリーゼント、名は洋平……一人しかいない。しかし何故洋平がこっちに出向いてまでオヤジに怪我を……?
「テメェ洋平に何したんだよ?」
オヤジはまた、下品な笑い声を上げていた。
「ははは、ちょっとイタズラが超えちゃったんだよね。洋平君初めてだったみたいだから。そしたらこのザマさ」
「イタズラ!?」
さっぱり意味がわからないでいる中学生の桜木に、今度はオヤジが尋ねてきた。
「君、その子知ってるの?」
「ああ、ダチだ」
「……じゃあ、ちょっと済まないことしちゃったかな? もしかしたら、今もっと酷い目に遭ってたりするかもね」
「なんだよヒデェ目って?」
「さあ。今ならまだ良くて監禁、まだ帰してはくれないでしょ。なんたって俺けっこうなお得意さんだし」
桜木はわなわなと震えていた。
「な…………おいテメー、洋平は今どこに居んだ? 返せ! 洋平はどこだ!」
外の廊下に響き渡る程の怒声を上げ、桜木はオヤジに掴み掛かった。トイレの入り口にぞろぞろと人が集まり出したがそれに怯むことなく、怒りに満ちた右拳が振り下ろされそうになったところで慌ててオヤジが答えた。
「オイオイ、君まで俺をやるの? でもそうだね……お友達みたいだから、教えてあげるよ」
そう言って、聞かされたのは住所ではなかった。
花道は一度家に帰り、翌々日病院を張っていた。そして例のオヤジの病室から出てきた二人組の男の後をつけた。幸い徒歩で、辿り着いたのはマンションの五階の一室だ。
「こん中に、洋平が……?」
鍵を掛けた気配はなく、桜木は一思いにドアを開けた。
――――衝撃の場面を目の当たりにしてしまった。
「よ………………」
あとは夢中で、殺す勢いでそこにいた全員をぶっ飛ばし、洋平をおぶって帰った。さっぱりワケがわからずただただ涙が零れた。勿論何を言っていいのか、何をしてやったらいいのかわからず、いや、何もわからなかったから親父にだけ事情を話した。親父は言った。今まで通り接してやれ、と。母親の借金のことは噂で聞いていたらしく、だから彼女には仕事を紹介し、念のため引越しをさせた。
ちなみにその後すぐ警察に店を摘発させたのは例の客、オヤジだった。店の連中が報復として桜木を追っていると知り、そうなれば洋平もまた捕まってしまい、桜木の救出は寧ろ失敗に終わる。剰え最悪の結果もあると恐れ、早めに動いたようだ。花道の友情とその行動力を目の当たりにし、自分のしてきたことに胸を痛めていたと、再び病院で会った際に何度も頭を下げられた。
しかしそれからだった。洋平の吸う煙草の量が急激に増したのは。ほぼ一日中というやつで、少しでも近寄ればそれは臭いというより毒々しさを放っていた。それでも桜木がいる時は煙草を手にしないことがわかり、吸い過ぎを心配した桜木はなるべくそばを離れないようにしていた。
が、桜木が離れたあとのことまでは深く知るに至らず、小田やその他の交友関係をあとで知っては行く末を案じていたまでだ。そして遂には流川までが洋平と親しくなったことで、小田と同じ道を歩まないか桜木なりに心配し、悩んだ末に出した結果が今日の忠告だった。その心配が伝わったかは別として…………。
|