sad, drunk, and poorly 後2

ぼんやり浮かぶ外灯の下、地味に蚊に喰われながら、近所迷惑にならない声を保ちつつ立ち話を続けた。
今年の流川は絶好調だと、仙道が言うならそうなのだろう。といっても、他に共通の話題などないわけで、あとは今年のインターハイの話をした。そして話題も尽きた頃、仙道が尋ねてきた。
「そういや今日は、煙草吸ってない?」
「ああ、今日は」
風呂で臭いも落としたから、つまり臭わないからそう思ったのか。すでに洋平イコール煙草と結び付けられているようだ。しかし今日も少しは吸った。花道が来る前に、来ると知っていたら吸わなかったはずの数本だ。
そんな洋平を見下ろす元彼の目は、今も洋平を他人とは見ていないのか、その健康を案じてくれた。
「洋平くんは、煙草やめたほうがいいよ」
「まあね」
そう言って、洋平は手し損ねた一本をポケットに戻した。これでいいだろ? と見上げると、それはなかなか裏の読めない笑顔でにっこりと続けた。
「やめたほうがいいよ。その煙に惹かれるのは、きっと洋平くんが煙草を欲するのと同じだから」
「は……?」
余計なお世話だと思って聞いていたが、すっかり意味がわからなくなる。
「勿体ないよ。洋平くん自身いっぱい魅力あんだから」
は……? と更に目を見開いてから、俺はニヤリと言ってみた。
「まさか、あんたまだ俺に惚れてんの?」
もちろん冗談だし、仙道も快く笑ってくれる。
「ははは、浮気かぁ。洋平くんがその気なら構わないけど、しない方がいいんじゃない?」
「そっすね」
勿論そのつもりはないが、仙道の言いぶりはすでに何かを悟っているように聞こえた。きっと、何度か時間を共にした時点で洋平が他に向いてることは察していたのかもしれない。
しかしそんな仙道も今や立派な同性愛者だ。洋平のおかげといったところか、その相手を探ろうと少し鎌をかけてみた。
「で、彼氏のために態々こっちまで?」
「ああ。でも呼んでおいて寝ちゃうようなヤツだから、本当困ってるんだよ」
「はー、流川みてぇだな」
「うん。一時期はバスケも手に着かなくなった程だから、さすがに心配したかな」
ん…………? ちょっと待て。それってまさか……
「じゃ、俺あっちだから」
そう片手を上げ、踵を返した仙道を呼び止める。
「あ、仙道さん……」
仙道は足を進めながら、軽い声でこう言った。
「彼は可愛い黒ネコだよ」
徐々に遠のく背中が闇の向こうに消えていく。その行く先は、その方向は確かに繋がっていた。
「まじかよ……」
何も嫉妬を抱くでもなくただただ素直に驚きだ。
「っつーかやるな仙道」
なるほど流川が立ち直った理由がわかったような、わからないような……。
「はあ、なるほどね。世の中上手く出来てんだ。こりゃビックリだわ」
鼻で笑いつつ感心しながら、下を向いて無気力に歩いた。
とりあえず、犬の遠吠えとは逆の方へと更に歩き、すっかり生ぬるくなったビールのタブをプシュッと弾いた。寝静まった街に乾杯。少量が飛び散った飲み口からは程よい苦味が香る。口元でクイッと傾ければ、ぬるい炭酸に喉が癒やされた。ほろ苦さが空の胃に沁みた。そして仰いだ夜空に心置きなく彼を思った。
明日……。明日ぜってぇ来んだよな……。まじ、どうしよ……。
明日花道が迎えに来て、それからもまた何事もなかったように友達として楽しく付き合う。きっとこのまま、洋平の許をずっと離れない。一生嫌ってくれないのだ。
花道は洋平が好きだ。もちろん友情の範囲だが、洋平が何をしようと花道が嫌うことはない。きっと、晴子に手を出さない限り。彼女に酷いことをしない限り……。
いや、それでもわからない。例え極悪非道な罪を犯しても、きっと魔が差したんだろって庇ってくれそうな気さえする。花道は人を裏切ることが出来ないから、洋平なら尚更……つまり、もう俺が好きなんだろ? 言ってくれよ、好きだって。だいたい、花道は今のままでいいのか? そうやってずっと俺の汚い部分を無視して、ずっと笑ってられんのか?
俺はやだよ。もう俺が辛いだけなんだ。全部俺のわがままだ。
お互い無理するだけの友達ごっこはもう終わらせたかった。花道の友達として笑っていることに、目の前で花道と晴子が笑っていても、それでも不機嫌の一つも顔に出せない友情に無理が生じていた。限界だった。
グェ、と醜いゲップが出たら急に吐きそうになった。いや、小走りに駆け込んだ塀の隅で結局吐いてしまった。
塀に手を着き、アスファルトから生えた雑草に向かい、胃酸で焼け付くような喉を押さえながら、嘔吐く苦しさに涙も零した。暫くその場でハァハァと落ち着かせていたら、今まで留めていた何かもいっぱい零れ落ち、また咽び出した。最後の嗚咽と共に吐き出したらもう止まらなくなり、近所迷惑を反省する。オヤジみたいな咳をして漸く治まったが、喉が気持ち悪いし食道がヒリヒリするし、胃もムカムカするが、口の中が最悪だからまたビールを飲んで胃に流した。
随分と体力を消耗した。疲れた。ダメだもう……。
ガクッと膝が崩れ落ちた。先の胃液に膝が濡れたが、そのまま塀に頭を凭れ、つい口から零れ出たのはもう幾度と奥に押し留めた本音だった。
「なぁ、もう辛いんだよ花道……」
俺、流川とも仙道とも寝たの。セックスしたの。知ってっか花道? 馬鹿だろ? 俺ってスゲェ汚ねぇだろ。ゲロ以下なんだ。哀れで惨めで、泣けてくら……。
「はは、二口で酔ったか」
憐れな自分に酔っている。でも、悪いのは自分だけか? いや違う、花道にだって非はあるんだと、今度は怒りの矛先を花道に向けた。
というのも、今日のセックスは花道の友情があって成り立ったセックスだ。友情故に受け入れるという、まず聞いたことのない状況で、愛情故に求めた相手を寧ろ傷付けている。当の本人は気付いていないだろうが、いくら上に乗られたといえ、それに応じたのもまた事実だ。友情という優しさでここまで洋平を泣かせた。
それに、洋平は騎乗位が嫌いだ。花道には、もっと上から突き込んで欲しかった。目の前に上気した堪えるを顔を見ながら激しく打ち付けてほしかった。最高のズリネタだ。が、勿論ここで何をするつもりはない。
洋平はもう一口含ふと漸く立ち上がった。冷えてきた潮風で少し冷静になり、来た道を戻っていった。家には帰らずあそこへ、ふらつく足を前に進める。
ふと仰いだ夜空に星一つ、今ここに居る意味を確かにしたくて、抱いたばかりの決心を打ち明けた。
明日、洋平の一番大事なものを勝手に賭けようと思う。だから今度は怒らずに付き合ってほしい。これがもう最後だから……




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