sad, drunk, and poorly 後1

目の前に晒された上半身に欲情した。更に鍛え上がった隆々とした背筋が、滴る汗が、花道の匂いがしてつい、襲っちまった……。
……というのは半分嘘で、本当は背中で思い出した。いつかおぶってくれたあのでかい背中を、あの体温を――――。忽ち胸が痛くなった。いっそ無理にでも襲ってしまえば、あとは嫌ってくれればいい。そうすれば、洋平も解放されると思った。流川だろうが仙道だろうが、花道の目を気にせずに誰とでも交わる。堕ちるところまで堕ちてしまえばそれ以上堕ちるところはないと、投げやりな気分に染まった。
ちなみに、流川とはあれ以来何も話していない。そしてそれは流川のためではない。花道が全国制覇したいと言ったからだ。花道だけではやはり無理だと、そんなことを言ったら花道は怒るが、そこがまた可愛いヤツだと思っている。あんな赤い髪して、傍若無人ももう天性でしかないのに、それでいて誰よりも友達想いだ。
今日、そんな花道に無理矢理乗っかった。見るからに怖がっていたのに、合意も得ず襲った。今更罪悪感でいっぱいだ。それでも明日の朝にはまた迎えに来てくれるのだろう。アパート中に響き渡る大声で、朝から迷惑なほどにドアをドンドン叩いてくるだろう。きっと今日のこともなかったことにしてくれる。いつも通りのあの天真爛漫さを見せてくれる。そういうヤツなんだ花道は。洋平の汚い部分は全て見なかったことにしてくれる。だから、あの時のこともずっと、今日までずっと、忘れていてくれたはずなんだ。
「はは…………」
あーあ、なんで泣いてんだろ。真っ暗で助かる。いやぁ、どうしよう。あぁ止まんねぇ、止まんねぇよ花道……。
花道が出ていったドアを暫く見つめていた。花道を怒らせてしまったと、呆然と立ち尽くしていた足が今やっと床に崩れ落ちた。頭も鼻の奥も痛み、嗚咽まで漏れてきたから、ベッドに突っ伏して泣こうと思う。
「ゴメンな花道……」
そう頭の中で念じながら。ここにはまだ花道の匂いが残っていた。散々かいた今日の汗をこのシーツが吸っていた。今、洋平はそれを嗅いで花道を想っている。
気持ち悪いだろ? しかも泣いてるだなんて、なぁどうするよ?
五十人にフラれた挙げ句男に惚れられるとは、花道もとんだ災難だ。さすが神に見放された男だ。花道は晴子が好きなのに、それを知りながら懸想している。洋平は意外と一途だ。
今日、そんな晴子の名前を出したのはただの負け惜しみだった。もう憎くて堪らない、ライバルにすらなれないのだから涙も止まらなくなる。自嘲するあまり笑いすら込み上げてくるが、ハァ……と呼吸を置いて少し落ち着いた。顔を上げたら、酷い顔が窓に映っていた。カーテンを締めるのを忘れていたことに気付いた。
いつの間にか外は真っ暗で、立ち上がった洋平はベッドに上がり、カーテンに手を掛けた。無意識のうちに花道の家の方を見ていた。そしたらなんという偶然だろう。花道もまた窓からこちらを眺めていたから、テンションが上がってしまった。先程まで抱いていた罪悪感が消し飛ぶほど、容易く一喜一憂してしまう。きっと見えていないし、すぐにカーテンは閉められたが、偶然にしては奇妙だ。それに、朧ろ気だが浮かない顔をして見えた。
「どうした花道……?」
そう名前呼んでから洋平もカーテンを閉めた。そこで気付いた違和感は裸足の裏だ。見下ろせばシーツが濡れていて、ここで泣いていたことを思い出した。
やがて風呂を済ませ、冷蔵庫から缶ビール取ったらそのままアパートを出た。ティーシャツにハーフパンツで、風呂上がりに夏の夜風を求め、気まぐれに散歩した。あまり風はないが、この深とした空気に触れればとりあえず満足だ。といっても、ビール片手に彷徨いていればただの浮浪者。風呂に入ったのが遅かったから、すでに更けた住宅街は専ら静かだった。稀に灯りが点いている程で、だらしなく引き摺るように歩けば闇にサンダルの音が鳴る。
お袋は昼間はパートに出て、今は夜の仕事に行った。それでも生活はギリギリだが、借金癖が治っただけで充分だった。あの後も、花道の親父さんがいなくなった後も更に悔いていた。だから洋平は、もう人並みに幸せのはずだった。なのに……
「なんでかなぁ。なぁ花道教えてくれよ?」
ここ、全然埋まってくんねぇの……。何しても満たされてくんねぇ、と早速恋しくなったのはポケットの中の一本だ。ぼんやり浮かぶ街灯の下に立ち止まり、ポケットから出したそれを手にした。そこで、何やら人の気配を感じた。どこか見覚えのある巨大な影が足下に大きく伸びていた。前方の足音に顔を上げれば、二つ先の街灯に、シンボルに近い刺さるようなオールアップが浮かび上がった。
「やぁ」
数メートル手前で気付いた男が片手を上げ、変わらず太い声を投げ掛ける。その声には以前散々可愛がってもらった。
「ああ、仙道さん」
「元気?」
「ええまあ」
更に歩み寄った彼を見上げれば、懐かしい濃いめの顔が黄色い灯りを真上に、手を腰に立ち止まり、洋平を見下ろしていた。
「こんな時間にどこ行くの?」
「いや。仙道さんは?」
あんたこそ、と元彼との偶然の再会で気になったのはずばりこの時間だ。終電もきっと過ぎたというのに、駅とは逆へ歩いている。
仙道は言った。
「俺? 彼氏んとこ」
「はは、まじっすか?」
いやいや耳を疑った。いやはやビックリだ。躊躇いなく明かす辺りがらしいと思う。うっかり笑ってしまう程だ。
「洋平くんは? 流川とは、別れた?」
「まあ、そんなとこ」




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