sad, drunk, and poorly 前3


ごめん、という言葉を今日何回聞いただろう。引っ提げた鞄を背中に回し、不気味な夕闇に染まる道路に訊いた。踏み付けた小砂利からは知らねぇよと返ってきて、「ああ、そうだよな……」と一人呟く。ここから通い慣れた家を目指す。
しょっちゅう行き来していたこの道なら知ってると思ったまでだ。
何も変わらない、すでに眺める価値もない住宅街の一本道。ふと見上げた前方の電信柱にすらいつかの二人がいた。
昔、その電信柱に貼ってあった小さなチラシを見て、何だこれ? と洋平に尋ねた。洋平は楽しそうに「かけてみっか!」と本当に電話をしたら、ピチピチの十八歳だの人妻だの紹介され、洋平に替わったら、数十分後に女の人がやって来た。二人で隠れて見ていたら、「いいか花道、ああいう女には関わんなよ」と洋平に言われた。
今日、そんな親友と体が繋がってしまった。あんなところが洋平の中に入ってしまった。でも、そのことはすでにどうでもよかった。勿論ビックリしたし、明日にでも洋平をぶん殴ってやろうと思う。……でも、そうじゃない。だってこのままじゃ、本当に洋平がどうかなってしまいそうで心配なのだ。学校にも来ないで煙草ばかり吸って、誰某構わず裸になって尻を差し出して、もう見ていられない。
それに洋平のことだから、このまま花道の前からも消えてしまうのでは……そう思ってる。洋平は、そういうヤツだから。
「ああ、そういやここ……」
不意に立ち止まったのは、角を曲がれば家まであと少しの小道、塀に囲まれた何でもない路地だ。
……花道が転校してすぐの頃だった。帰宅すると親父が倒れていて、医者を呼ぼうと家を駆け出てすぐのここで、他校の不良数人に絡まれた。すると見ず知らず花道を彼等が助けてくれた。洋平と、あいつらと初めて出会った場所だった。
あれから楽しく馬鹿をやって喧嘩もして、ガキらしいことは全てやった。親父がいなくなってからもずっと……。

帰宅した花道は部屋の電気を点け、鞄を置くと、カーテンを閉める前にある物を取り出した。仏壇の隣の棚から奥の一冊を、和光中学卒業アルバムを……。
捲ったのは三年五組、全体写真のその数ページ後だ。二年生の宿泊学習……そう、これだ。敷きっぱなしの布団の上で、電気の下に開いた。
太陽の照り付ける海岸で、高宮の体を砂浜に埋めてスイカ割りをした時の写真だ。高宮の頭の横にスイカを置き、目隠しした忠を大楠が誘導している。カメラに気付いた花道と洋平だけが仲良く腕組み、アホ面でピースした。
「プフッ、よーへースゲェ口開けて笑ってんの!」
思わず笑いが零れる程、花道の好きな写真だった。大好きな洋平の笑顔だった。あとは……写っていない。洋平が卒業式に来なかったからだ。あの後だったから。暫くは海で一人、洋平は階段に座って煙草を蒸かしていた。洋平はそこにいると何故か知っていた。
ふと、轟いた外のエンジン音に顔を上げる。すっかり夜に染まった窓を見て、アルバムを置き、カーテン閉めようと窓辺に立った。そこから無意識に洋平のアパートの方角を見た。
一軒家の奥に覗く青い屋根のアパートだが、すでに暗くてよく見えない。明かりを点けていないのか、いや居ないのか、洋平の部屋は真っ暗だった。
「どこほっつき歩いてんだよ……」
いったい何考えんだ、と、また今日を振り返った。
わりぃとかゴメンなとか、謝りながら花道に触れてきた情けない顔。それと腰を揺らしながら最後に言った言葉……。
貰ってくれ……確かそう言っていた。何を貰ってほしいのやら、洋平の真意はさっぱり掴めないが、もう今日のような洋平を見たくなかった。アルバムに見た洋平に戻ってほしかった。そのためなら、何でもしてやれるのかもしれない。洋平が望むなら、必要だと言うなら、多少のことは目を瞑ってやる。出来ることがあれば多少は付き合ってやれる。たぶん……。だからさ…………
「明日、また迎え行くかんな」
そう言って、カーテンを閉めた。
嫌でも学校に引っ張り出してやる。今日あったことも全部忘れてやるから。な……?
そう簡単に忘れられることではないが、それでもあの日のことを忘れたように、過ぎた事だと水に流してやれる。
「こうなりゃとことん付き合ってやっから、覚悟しとけよ!」





後 編
(洋平sideに移ります)


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