sad, drunk, and poorly 前2 |
ふと気付いて戻った現実は、まだ夢のようでもあった。背中を支えられながらそっと寝かせられ、されるがままに身を委ね、花道は天井を仰いでいた。 「気持ちいだけだから、な……?」 頬に触れながら覗き込む洋平が透けて、天井の木目だけを見ていた。 下の方では何やらゴソゴソと蠢き、ジャージのゴムに手が掛かる。何でもなく脱がされてしまえば、あとは身体の全てが室温に触れた。吹き出た汗の零れる瞬間がわかって気持ち悪いほど暑いなのに、背中にはゾクゾクと悪寒が走った。直に触れられる感触と、何故かその感触を追う感覚が益々敏感になり、その耐え方がわからずじっと唇を噛むしか出来ないでいると、洋平がまた覗き込んでくる。 「悪りぃな花道。俺もう、こうでもするしかねーんだ」 情けなく歪んだ笑顔は悲しげで、同時にふと、中間テストでは書けなかった“退廃”の二文字が浮かんだ。意味すら知らないのに、もうこうでもするしかない、こうでもしなきゃ……その救いが今の行為だとしたら遣る瀬なかった。その上であんな顔を見せられたら、もう引き下がることも押し飛ばすことも出来なくなる。ここまでしなければやり切れない程洋平は追い込まれていたのか。そこまで気が及ばなかった自分の所為で、そう思ったら、うっかり泣きそうになった。 一通り花道の下半身を弄ぶと、洋平は片手で自らのシャツのボタンを外しながら、花道の顔をじっと見下ろしながら、花道の腰に跨ってきた。裸を晒し、シャツをパサッとベッドに放ると、次はベルトをカチャカチャと外し、器用に脱ぎ去り傍らに置いた。 「花道、許してくれよ……」 今更謝りながら、肌色を全てを晒した洋平が花道の上で腰を浮かせた。そのまま何を言うでもなく、直立した花道のソレを目掛けゆっくりと圧し掛かってきた。 「………………ッ」 未知の感覚に、先端を締め付ける強烈な感覚に呻き声が漏れそうになる。グッと食い縛ってどうにか耐えたが、まるで花道と共鳴する身体の声が洋平の口から漏れ出ていた。 「はッ……ぁ、ンゥ……」 あの短い眉を辛そうに寄せた洋平が、喉を締め付けたように苦悶を発している。自らにモノを挿れる、それがどれだけ辛いのか痛いのか、花道は下から覗いていた。 そして初めて聞く艶めいた声は親友の口から、ただ「ハァ……ッ」とだけ振り絞る吐息がとてもえっちで生々しく、薄く持ち上がった口角からはまるで恍惚が零れ、その表情から目が離せなかった。乱れた呼吸の度に動く胸板にはうっすらと汗が滲み、そこについ手を伸ばそうとしたのは、何故だ……? 何故なんだ? わかんねぇよ。全部、俺の知らない洋平だから。 今はズブズブと埋められる肉厚が先程から気持ち良くて、腰が離れる度に摩擦と体温が恋しくなって、遅まきながら自らの素直な熱と硬さを知った。ただ専ら声も出せないのは、初めての他人から与えられる性感を親友に与えられているからだ。 近くからは汗とヤニ臭さが混じった妙な匂いがして、下の方からは卑猥な摩擦の音と荒い呼吸が聞こえ、頭が酷くクラクラした。 あぁ、ヤベェ……。洋平、何だコレ? 意識が薄くなる。ぼぉっとして呼吸が熱く、視界が溶けるように潤み、もう全てがどうでもよくなる……。 ……って、ダメだろそんな! 頭を激しく左右に振った。何とか辺りをキョロキョロして現実を取り戻そうと、この部屋に理屈や常識といったものを探し出そうとた。……けど、やっぱり何もないんだこの部屋は。 いつか晴子さんと登下校を共にして、手を繋いで、「好き」なんて言葉を交わして、そしていつか……――――。 なんて思ってた夢が、理想がぐにゃぐにゃに歪めらた。洋平の妖しい声に、器用な腰遣いに激しく塗り潰されていった。だって、マジで気持ちぃ……。初めては晴子さんだと決めていたのに、身体が喜べば誰でもいいのか、そう自身を疑うほど、花道は快楽に酔った。 ぼんやり見上げた洋平の、その後ろに開いた小窓が唯一外界に通ずる救いとして、僅かに右手を持ち上げる。しかし洋平の顔のすぐ後ろに覗く夕陽が、まるで赤く燃えていた。忽ち部屋に射し込んだ赤が部屋中を染め上げ、つまり逃げ場はないと告げられているようで、右手を置いた。やけに歪な夕陽だった。 もうそんな時間だったのか。ああ、そろそろうちに帰らなきゃな……と、薄れゆく意識の中で、ふと洋平が何か言った。歪んだ赤を、血のような悲しい赤を肌に纏った洋平が、激しく腰を揺らしながら、霞む呼吸の合間に言った。 「……ッ、ハァ、ぁ……なあ、花道、貰ってくれよ……ッ、俺の…………」 わりぃ洋平。今俺、まじで何も聞こえねんだ。洋平が揺らし過ぎんだよ。だっても……ぁ、んなに…… 「ハァ、…………ッ 」 ドアの開く音ではっと上体を起こす。見ると、シャツを着た洋平が今部屋に入ってきた。そして薄暗い夕陽を全面に受けた顔でにこやかに言った。 「花道ぃ、まだ裸なのか? いい加減風邪ひくぞ」 いつもの洋平だった。 確か花道が果てた後、汚れを処理した洋平が「風呂行ってくる」と言って部屋を去った。花道はただ茫然と、あまり考えると辛くなるからと思考から逃げた結果、天井を仰いだまま魂を遠くに飛ばしていた。 今尚ぼんやりとする花道に、ベッド脇に寄せられた花道のトランクスが差し出される。 「自分で脱がしといて風邪ひくだと!?」 今更ムッとした花道は素早く毟り取り、ふと裸が恥ずかしくなっては背中を向けながら、座ったままパンツを履いた。 「ほら、上」 更に手渡されたランニングも、手を振り解くように奪い取る。変なことをした洋平に、応じた自身にもムシャクシャして、黙ってランニングを着た。そして下のジャージを履いていると、背中に立った洋平からいつもの声が飛んでくる。 「次のインターハイ頑張れよ? 高校最後だからな。花道が頑張った分、晴子ちゃんも喜ぶんだ」 「は…………って……」 その名を耳にした途端、何故か無性に腹が立った。……いや違う、泣きたくなった。よくわからないが、今その名前だけは聞きたくなかった。言った洋平が憎かった。いっそ殴りたかった。が、握った拳を抑え込んでは立ち上がり、無言で鞄を拾う。花道……? と追う洋平を背中に、部屋を出て玄関のドアの前に立つ。 「帰る」 「え……? ああ」 戸惑う洋平の声を最後に、今は顔も見たくないと後ろ手に部屋のドアを閉め切る前に……。 「ごめんな花道……」 寸前の隙間から、今日数度目の悲しい声を聞いた。
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