Pinocchio 6 |
――祝賀会当日。結局買い出しやら準備やらを手伝わされた軍団四人は、部員らが盛り上がる館内の隅でやっと腰を下ろしたところ。 「お疲れ、悪いね洋平くんたち」 部員らが軽食を乗せたテーブルを囲む中で、安田が四人に声を掛ける。 「いえ、こんくらい。勝ってもらうためっスから」 そう応える洋平は至って通常モード。次は盛り上げ役に徹する番だと、立ち上がっては輪に混ざる。 「そんなこと言われたら負けられないなぁ」 そうご機嫌に話す安田の隣に着いたのは大楠だ。コンパニオンよろしく缶を片手に酌を促し、「安田様、あちらのお客様からです」と片手で示す先には、よっと手を上げ偉そうに胡座をかく高宮とその輝くメガネ。 「あははは、ありがとう」 安田は喜んで大楠の酌を受けるが、そのやり取りを目にした洋平はぐっと眉間の皺を寄せる。 「オメーらまさかそれ……」 …………遅かった。安田は飲み干していた。 「ダメっつわれたじゃねーか。どうすんだよ、ったく」 「大丈夫だって。安田さんもウ○ッシュで潰れるようなお子様じゃねっしょ。ねー安田さん?」 大楠の問いかけに返事はなかった。 「や、安田さん……?」 程なく安田はテーブルに突っ伏し、次第に背中が震え始める。その状況に奥の宮城が気付く。 「あれ? ヤスおめぇまさか……」 すると、安田は上擦った声で何かを言い始めたのだ。 「だいたいさ、……ヒグッ、リョータが……ウッ、去年、ヒグッ……」 「おい誰だよヤスに酒入れたヤツ……」 明らかな安田の変貌に、軍団は気まずそうにしていた。 角田が言うにはこうだ。 「ははは、現れたな。ブルーリー安田」 ブルーリー安田……それは安田が酒を含んだことによって現れる、三年らはよく知る存在で、謂わばただの泣き上戸だ。 安田の許に歩み寄った洋平は透かさず詫びを入れた。 「すいません安田さん。ほらオメーらも謝れよ」 すると隣の潮崎からフォローが入る。 「大丈夫だよ、すぐに落ち着くから」 そして、今洋平の目の前ではっきりと、安田にこう言ったのだ――――。 「なあ安田、お前も彼女出来たんだからさ、そろそろその癖も治そうな?」 「……――――――?」 洋平の顔色が変わった。 安田に彼女…………今まで練習練習、昼休みも用があると全く隙のなかった安田に、彼女……? 透かさず潮崎に問う。 「安田さん、彼女いたんすか?」 「ああ、最近告白されて、付き合うことにしたみたいだよ。あの子と」 ……と潮崎が指差したのは、それは屈託なく笑う晴子のその隣…………いつか、安田が所持していた写真の彼女だった。 「藤井さん――?」 洋平が色を失う隣で安田が漸く顔を上げた。 「文句あるかよぉお、……ヒック、俺だって……ヒグッ、俺だって、ウッ……彼女くらい……」 一人称は俺に変わり、涙は流れ鼻も垂れてもうぐしゃぐしゃだ。 「なるほど……嘘ですか」 クラスの用があるとした先日の言い訳はこのためだったのかと、洋平が冷淡な顔を見せたところで宴も酣。たった一杯のウ○ッシュでとうとう起き上がれなかった安田を藤井が優しく介抱していた。 「そうされて満足か……?」 小さくぼやいた洋平はその帰り道、日の暮れた住宅街を出たところで一人、道端に転がる空き缶を、ウ○ッシュを高く蹴飛ばした。両手を突っ込んだポケットの中で煙草を握り潰した。 安田が女を知ったとなれば。それこそ洋平の求める安田は消えてしまうかもしれない。すると今の洋平が抱くのは醜い嫉妬なのか。洋平が最も嫌うするもされるも迷惑な感情、それを抱いてしまった洋平は、翌日の昼休み、安田の許を直接訪ねた。 安田の教室前で待っていると、ニコニコと弛んだ顔で出てきた安田の片腕を不意に掴み、あの体育館裏のトイレへと引き摺り出す。 ブルーリー安田でいた間の記憶がない安田は、急に何事かと慌てつつ、時計を気にしてはソワソワと落ち着かないでいる。外は、いつの間にか小雨がぱらついていた。 「あ、あの洋平くん、今日もクラスの用あるから……」 ……つまり藤井は外で待っているのか。屋上か。雨に濡れる彼女を心配する紳士安田は、すぐにも洋平の前を離れたいようだ。しかしそれは叶わない。怒るでも笑うでもない、無表情の洋平が安田のしかと腕を掴んだままだからだ。 個室の鍵をかけた洋平は、向かい合って暫しの沈黙を経た後で、やんわりと問いかけた。 「安田さん、俺に何か言うことある?」 「いや、特には……」 「そう……」 すると忽ち洋平の色が変わり、手前の安田を抱えると透かさずそのベルトを外し、ズボンとトランクスを同時に、強引に下ろした。 「よ、洋平く……」 「安田さんて案外ひでーのな」 囁いては自らの指を一舐めすると、安田にキス。そして濡らした指先を安田の下半身に、尻の中心へと滑り込ませた。 「な……嘘……な、やだよ洋平くんっ」 慌てて拒絶する安田だが、その胸が今ドクン――と大きな音を立てる。徐々に前も膨らみだし、呼吸も荒く刻まれ顔も身体も紅潮してゆく。 その間に暫く辺りをなぞっていただけの指が、今ほんの少しだけ、安田の中へと侵入した。 「ンゥ……――――!!」 ほじるようにして、指は更に奥へと侵入。 洋平の胸元を掴む拳が切に痛みを訴えているが、すぐに洋平のキスで大人しくなる。助けを乞う声は塞がれる。 前のソレは洋平にもわかるほどに熱を発していて、覚束ない呼吸の合間にも蕩けた吐息が零れ出す。突き立てた中指が少しずつ埋まってゆく。 「俺さー、安田さんに嘘吐かれるなんてショックだよ」 「――――――!」 洋平の言葉に、今日は安田が色を失った。あの日の嘘はバレていて、恐る恐る見上げた安田の目が捉えたのは何故か切ない眼差しで、彼は先輩の嘘を窘めていた。 「安田さん知らないの? 嘘吐くと鼻、伸びちゃうって」 言っては安田の鼻先に噛みつくという荒技を為し、加えて二本目の指を更に侵入させてゆく。引いてはまた、幾度の侵入を試みている。 「ンっっ……」 今、悦に入るように脱力した、甘ったるい声が個室に弾んだ。 「もう、安田さん……」 すると次の瞬間だった――――。俄然、安田が洋平を突き放す。慌てて足元まで下がったズボンを拾い上げ、ドアの鍵に手をかけたのだ。 「よ、洋平くん、やっぱり僕………………ゴメン!」 洋平を振り切るようにして、そのまま逃げ出していってしまった。洋平は拒まれてしまった。洋平の造り上げた玩具が今、洋平の手元を離れ、一人で歩き出してしまったのだ――――。 一人取り残された洋平は、やがて一本を取り出すと、肺いっぱいに深く、ゆっくりと吸う。 ……ここで安田を追いかけることは出来なかった。安田の心を奪った藤井を憎く思う嫉妬の感情。それを否定したい気持ち。藤井は安田の性癖など何も知らないくせに、それでも愛には敵わないことぐらい洋平にもわかる。一度火の点いた心を冷ますのは容易ではないものだ。現に今、洋平の胸に灯った火をなかなか消せないでいた。吐きだされた毒々しい煙と共に、それは今更勢いを増し、行き場のない落胆の淵に追いこまれていった。 |
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