Pinocchio 5

それからというもの、二人の秘密のトイレ通いは長らく続いた。来る日も来る日も互いに欲を満たし満たされ、男同士の愛のない関係は寧ろ清々しく、互いの若い性欲が求め合っているのだから、それを止められるものは何もなかった……………………はずだった。



今年もなんとか予選を勝ち抜き、来週からは決勝リーグが始まる夏本番。練習は益々精度の高さを極めるべく、今年三年の安田も抜かりない。部活が終わってからも彼は一人、練習に明け暮れていた。
そしてその日も、部員が皆帰った後も安田はシュート練習に打ち込んでいた。すでに外は真っ暗で、屋外の部活も全て終わった今は体育館の明かりだけが煌々と照る。遠く鳴くひぐらしも徐々に声を顰め出した宵の口――――そこに突然、館内に響き渡ったか弱い声はその入り口からだった。
「あ、あのっ……」
安田はボールを持ったまま振り返る。
「あ……その、すみません……」
それは安田もよく知る女子生徒で、驚きながらも何か用かと近寄ると、何やら思い詰めた表情の彼女は顔を真っ赤にしながらも、細い声を振り絞った。
「や、安田さん、あの、あの私……」
「ん? 何?」
「好きです。安田さんのこと」
…………今、安田の手から落ちたボールがコートの向こうまで転がっていった。
天井からの眩い照明が二人きりの体育館を映し出し、BGMは微かな風のみ、観客もいない。
口をあんぐり開けたままで立ち尽くす安田を前に、落とした視線を時折持ち上げながら、彼女は告白を続けた。
「私、安田さんの熱心なところにすごく惹かれました。安田さん今、お付き合いしてる方いらっしゃいますか?」
謙虚で、品のいい敬語で、身を硬くしながらもじもじと恥じらいつつ尋ねていた。
「いや、別に……」
「もしよかったら、あの私、今度お弁当作ってくるんで、その……昼休み、一緒に食べてもらえますか?」
安田は左胸を押さえながらも少しずつぎこちなく笑みを浮かべ、「あ、うん……ありがとう」そして、自らの気持ちも告げた。
「俺もその……好きだったかな」
すると始終俯いていた彼女は顔を上げ、目がパッと明るくなる。ニッコリと笑っていた。
「明日、昼休み屋上で待ってます。練習、がんばってくださいね」
言い切る前にも彼女は走って去っていった。
安田はその場に立ち尽くしたまましばらく放心状態だったが、徐々に喜びを噛み締めていく。天井を振り仰いでは右手を握り締め、その拳を左手に包んだ。
「やった……! はは、やった! 俺……!」
これは安田にとって初めて受けた告白で、明日にはもう手作り弁当。安田はもう、その日の練習を打ち切って足早に家へ帰っていった。

――そして翌日。朝から浮足立っての登校、上の空での授業を経て、昼休みのチャイムで安田は漸く我に返る。
洋平か彼女か。男か女か。昼休みの予定が被っていた。周囲が弁当を広げ出した今、安田は自分の席に留まりつつも、手元の鞄に弁当がないことには答えは決まっていたようだ。三年生に上がった今、屋上は教室のすぐそばだ。
……といっても、勿論洋平が嫌いになったわけではない。洋平に蔑まれながらする行為は日に日に安田を溺れさせていた。しかし同時に、そんな自分が少し怖くなっていたのも事実だ。今の安田が正常でないことぐらい自覚していた。それなら彼女との交際を機に、そんな自分を消し去れないか。タブーとされる行為に溺れ沈むその前に、年相応の初々しい恋愛を知るべきじゃないか。
それは洋平との関係では得ることが出来ないもの。彼女にはあるだろう『愛』に一度は触れてみたかった。一度味わってみたかった。愛のある幸せというものを…………
安田はまず、先にいつもの体育館のトイレへと向かった。少し待てば洋平はいつも通りかったるそうにやって来て、安田を見つけるなりニヤニヤと口角を持ち上げるのだ。
「あ、洋平くん……」
「安田さん、早いすね」
視線が合うなりソワソワとする安田を洋平が薄目で見つめる。
「洋平くん今日からさ、僕クラスの用で暫く昼休み空けられなくなっちゃったんだ」
「そ。じゃしゃーねっすね」
「ああ、じゃあゴメンね」
やけに早口で言い放っては逃げるように去っていった安田を、洋平は何やら訝しげに見つめる。何故ならそう――――このまま二人の密会は途絶えたからだ。特に顔を合わせることもなく二週間が経ち、やがて決勝リーグも終わった。
…………そんなある日のこと。今年は彩子と宮城の提案により、激励も兼ねての予選優勝の祝賀会がインターハイ前に行われることになった。決して羽を伸ばすためでなく、インターハイへ向けて更に厳しくなる練習のための切り替え、加えてより深いチームの結束を図るためのものだ。安西監督も偶にはと、お酒はダメ、遅くならない、喧嘩をしないを厳守に許しを下したらしい。
そこに、第三のマネージャーとして軍団四人も参加することになっていた。結局は花道の世話をするだけだと洋平は渋っていたが、安田の「洋平くんも来る?」の一言で一転した。




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