犬猿の鎖 4 |
翌日。水戸と俺は予定通り昨日の場所へと向かっていた。電車でも新幹線でもなく、水戸の運転するこれまた悪趣味な爆音轟くバイクの後ろに俺は跨っていた。……早くも嫌な予感がしていた。 といっても、移動が電車や車じゃないことが不満なわけではない。暑い夏、快適な青空が広がっていればバイクでの遠出も悪くないと思う。ツーリングを楽しむ連中とも何度か擦れ違い、風を切って走るスピードに皆が気持ちよさそうにしていた。手前でハンドルを握る水戸も同様だ。 しかし、俺の顔は出発直後から終始引き攣りっ放しだ。正直ちびりそうだった。……というのも、何もバイクが怖いわけではない。今にもメーターが振り切れそうなこのスピードが異常なのだ。一体どれだけ車を抜き去るというのか、あまりの速さに俺の体は後ろに持って行かれ、カーブに差し掛かる度に何度も振り落とされそうになる。 「み、水戸さん……」 「どうされました?」 「は、速すぎねーですか?」 「え? なんとおっしゃいました? 「だからその……」 「え?」 「……いやもうなんでもねーです」 のんびりとした水戸の声に反し、スピードは何キロ出ているのだ。きっと、少しでも水戸から手を離せば即死。到着までの約二時間、俺は死に物狂いで水戸の腰にしがみついた。 そしてやっと停車した宿の駐輪場でバイクを降りると、俺の足はフラフラでまともに立てやしない。 「おやおや三井さん、もしかして乗り物酔いですか? まるで子供みたいですね」 この水戸という男の底知れない笑顔がこの世で一番恐ろしい。これがあの狼球会を仕切っていた男だと思うと嫌な汗が零れ出る。 一見普通の宿であることに些か安心しながら、和を基調とした部屋に通され二人で昼食を囲っていた。 久々に目の前にした豪華な昼食……それがあまり喉を通らないのは、解け切れない緊張感が今も僅かな痙攣を誘発しているからだ。 対する目の前の水戸は早々に昼食を済ますと、食事を下げたテーブルに地図を広げ、淡々と仕事の話を切り出したから俺も姿勢を正した。 「確かこの辺にですね、団体でいるとの情報があるんですよ。その中に一人、まあ三井さんほどではないかもしれませんが、綺麗な顔した子が」 「じゃあ何すか? 今日はこれからそいつを見つければいんですね?」 「ええ。でもちゃんと三井さんと息の合う、顔の良いのを探して下さい。まあ最低五人は集まらないとバスケは出来ませんからねえ」 「ああでも、今日は水戸さん着いてきてくれんですよね?」 「ああそれですが三井さん。ワタクシ仕事がありますんで、ここでお待ちしておりますよ。明日は行けるんですがね」 ……約束が違う。ここまで来て同行しないとは、再び狼球会を起ち上げる準備でそうとう忙しいというのか。まあ、もし今日中に見つからなくとも明日があるということか。 「わかりました」 昨日のことで不安も残るが、何か事が起こる前に誰でもいいから連れて来ればいい。残りは水戸のいる明日にでも捕まえれば、そうすりゃあとはこっちのもんだ。 食事を終えた俺は地図を拝借。一人宿を後にし、メンバーハンティング二日目にかかった。 地図を頼りに暫く広い車道を下ると、やがて白茶けた団地の連なる集落を見つけた。ひっそりとして人の住んでいる気配もないが、奥の方から聞き慣れた音が聞こえてきた。 地に弾む間隔がくるくる変わり、続いたり絶えたり、近づけば近づくほど俺は自然と引き寄せられる。そしてサッとネットを潜る音にいつかの快感が蘇る――――。 建物の向こうに蠢く人影が覗いた。リングもラインもあるそこで、揃いの緑のジャージを着た彼らは五対五のバスケをしていた。 天井もライトもない、開けた屋外コートに囲いなどなく、ボールはすぐ転がってしまう。コロコロと路上を滑り、程なく足元に届いたそれを拾い上げた俺は、緑の男らの許に近づいていった。 するとそんな俺に気付き駆け寄ってきた一人の少年。色白で中性的な顔だちをしていたからついはっとして息を呑んだ。一見すらりと伸びた細い四肢もしっかりとした筋力が備わり、整った目鼻立ちもこうして近くで見た今は精悍さを帯び、少年というよりは好青年といったところか。バスケに打ち込むゴツくむさ苦しい野郎には珍しい、人形のような形姿をしていた。あの水戸の言っていた一人とはこの男のことか。 その首に『2-FUJIMA』と印された男にボールを返してやろうとした、その時だ。急に左手を振り上げたフジマが俺の尻を引っ叩いてきた。 「ぃ痛って……な、何すんだよっ!?」 そしてフジマに続き他の男らも寄ってくる。バスケをしているだけあって皆身長百九十台、一人は二メーター近くあるだろうか。黒縁眼鏡をかけたそいつも角刈りもオールアップの男も皆、次々に俺の尻を引っ叩いてくる。 「おいテメェら、いったい何の真似だよこれ?」 そうは言っても聞いちゃいないのがこの地での常識なのか。狼球体育館のあるこの地に住む皆がおかしいものだとは昨日と今日で心得たこと。だったら……と開き直ったのは好い加減尻が腫れ上がってきた頃。すでに感覚もない状態で頭の感覚も麻痺した俺は、ここでメンバーを決めてしまうことが得策だと考えた。 「ええいやめろ!」 一喝して怯んだ尻叩き隊を遠ざけ、ざっと見回した限りで見目良い男の名をその首に確認する。 「2-HANAGATA、あとは……」 そうこうしている間に、背後から不穏な影が迫ってくる。俺が呟いたばかりの「ハナガタ」を復唱しつつぞろぞろと押し寄せる団体……気味が悪い。振り返った時にはすでに遅く、緑のジャージの集団がペットボトルでリズムを打ちながらまたも俺の尻を引っ叩いてきた。 「な……おいやめろっ! やめろっつってんだろコノッ! 痛ってーな畜生!」 視界は一気に緑で埋め尽くされた。どんなに尻を隠そうと今度は頭を叩かれる、背中を、腹を滅多打ちにされる。 「だ――――ッ!! ざけんなよコノォッ!」 俺は死に物狂いで暴れ無我夢中で奪ったペットボトルを振りかざし、辛うじてこのおしくらまんじゅうを抜け出すことに成功した。ボロボロのまま、一目散に旅館へと逃げ帰っていった。 「水戸さん…………」 部屋に舞い戻り襖を開けるなり、俺は心底落胆した。一体何が仕事なのか、水戸は悠長に煙草を蒸かせ、一人碁石を並べている。 「おや三井さん、早いお帰りで。どうでした見つかりました?」 にっこりと振り向いたその笑顔は乱れた俺の装いを見て何も感じないというのか…… 「見つかるも何もねーよ」 「また何かございました?」 「ございましたじゃねぇよったく、まじ何なんだここは! 皆が変態じゃねぇか!」 「……と申しますと?」 「まただよ、また暴力振るわれた。みんなして寄って集ってまるで俺を獲物扱いだ。気持ちワリいよもう……」 とうとう半ベソをかく俺の前に水戸が歩み寄る。 「大丈夫ですよ」 優しく肩を叩いてくれるわけだが、どうせまた他人事、そこに人の心はあるのかと水戸の手を振り払う。 「大丈夫じゃねぇ、これ本当にメンバー集まんのかよ! それらしいヤツ皆変態じゃねぇか」 そして出会った人間皆に印されていたあの名前らしい記号…… 「大体なんすか? あの首に書かれた名前みてぇなIDみてぇなやつ」 すると折しも水戸が苦しそうに咳込み始める。俺はまた都合のいい咳だと放っておくが、それは一向に止むことなく悪化、水戸はとうとう倒れ込んでしまった。 「み、水戸さん?」 呼び掛けるが返事は咳のみ。さすがにまずいと救急車を呼ぶよう部屋を出ようとするが、今その足首を掴まれる。 見下ろせば、悶える水戸が自らの鞄を指していた。 「これか?」 隅に置かれたトランクを近くまで持っていってやると、水戸は咳込みながらも鞄を開け、中から薬らしき白い粉を出す。それを口に含みお茶で流し込み、程なく様態は落ち着いた。 水戸はフーッと長い息を吐き、そそくさと寝る支度に入った。 「じゃあ三井さん、ワタクシ少しばかり体が思わしくないので、先に休ませていただきます」 先程の咳がまるで嘘のようにつらつらと告げ、そのまま布団に潜ってしまった。 「……………?」 ……気のせいだろうか。明らかに騙されている気がする。あの首の記号は何なのかと聞いた途端、あまりに都合よく病を発した。さては水戸もグルなのか、代表となれば首謀者なのか。 こんな俺を騙したところでどんな得があるのやら、今のところ水戸だけは信じたいが……いや、信じられなきゃ困るわけだ。 とりあえず明日は着いてくると言った。水戸もあの変態を間近にすればきっとわかってくれるだろうと前向きに、今は夕食を求め食堂へ出向く。 |
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