Boys love 8

この先一生今日のことを忘れることはないと思う。こんなにも衝撃的な場面に立ち会った上、夏休みが終わればすぐに本人と顔を合わせるのだから。
もうまともに水戸くんの顔を見ることは難しいと思うけど、きっと彼はいつも通り気さくに接してくれるはずだから、私もついにこにこと応えてしまう。そんな気がする。そして何事もなかったように程よく仲のいいクラスメートとしてやっていくんだと思う。そんな未来を想像するのは簡単だった。
そしてこれ…………。家に帰って部屋で広げた例のスケッチブック。我ながらすごくよく描けたと驚くほど、筋肉の動きなんかも見えてきそうないい線が描けてる。なんと言っても現物を模写したのだから当然で、あの苦悶を詰めながら恍惚を浮かべる表情までちゃんと表現できてる。今なら文章だってスラスラ書ける気がして、私はパソコンの前に座った。今日を無駄にせぬようキーボードを走らせては、翌日はまたペンタブに触れた。残る一割とした性描写が完璧に仕上がっていった。

そうして迎えた八月上旬、今年のインターハイは遠くて応援を断念したのもあり、原稿は意外と早く完成した。まずは水戸くんに見てほしくて、今度は私から連絡を取ろうとしたけど繋がらなかった。きっとバイトに忙しい彼だから仕方ないけど、バスケ部の体育館に行けばちゃんといつもの出入り口にいた。今日も四人並んで練習を見守ってた。
きっと、彼の友達とされる彼らも水戸くんと安田さんのことは知らないんだと思う。そうじゃなかったら私と彼の密会を疑ったりしないだろうから。となると、もしかして知ってるのは私だけかしら……? 水戸くんは何故、私だけに明かしてくれたんだろう?
館内に視線を移せば、そこは桜木くんたちにとって最後の夏で、次の国体合宿まで休みも取らず練習に励んでる。そこにこんなものを持ち込むのも気が引けるけど、トートバッグを抱えた私に気付いた水戸くんは、それが何なのか察しがついたみたい。
「あ、もしかして出来あがったの?」
あの日から二週間ぶりの再会だった。でもあの日を匂わす空気は一切なく、これからもいつも通りやっていくものと確信した。
そして差し出したトートバッグごと水戸くんが受け取れば、周りからは当然のように冷やかしが入る。
「お、なんだなんだ? プレゼントかおい」
「洋平、いい加減どんな関係なのか教えろよな」
「藤井さんも無理しなくていいんだぜ? 洋平になんか騙されてんだろ?」
体育館に持ち込めばこうなることはわかってたから、私もちゃんと策を仕掛けておいた。
「ただの過去問よ」
水戸くんの手にあるバッグから取った一枚を見せると、皆納得してくれる。
「え……じゃあマジで洋平勉強してんの?」
「ぜってぇ嘘だと思ってたのに……」
「俺なんもやってねーよチクショウ!」
例の噂が立ち消えたところで、水戸くんが私に言った。
「じゃあ今日中に見とくから、明日またここね」
「わかった」
翌日には彼のオーケーを貰い、そしてその日にクラスの友達にも見せてみた。今日から学校で課外授業があり、そのついでに原稿を渡してみれば、以前絵を見せた時とは全く別の反応が返ってきたから私もビックリだ。
「ちょっとスゴイ藤井ちゃん! 絵もリアルで繊細だし、描写も拘ってるし、何より話が面白い!」
「前はあんなこと言っちゃったけど、話が加わっただけでこの受けにすごく萌えた。ドジっ子警官いいね!」
「私この若衆頭も好きかも! やっぱりちょっと怖いけどいいヒーローしてるし、この警官にはこの攻めが合ってるね!」
全部全部欲しかった言葉で私はすごく嬉しかった。これまでの時間と労力が報われたようで充分満足だったけど、友達の言葉が私を次の行動に走らせた。
「そういえば、今度お姉ちゃんがコミケ行くんだけど、藤井ちゃんも今度それ出したら?」
「え……? 何それ……?」
私はまた、新たなる世界を知った。お盆にはその友達のお姉さんに付いて初のコミケに足を踏み入れ、イベントについて、製本について、サークルについて学んだ。一冊のBL本、「捕らわれた銃」を手に、準備万端で挑んだ冬のコミケは中々の盛況でなんと完売してしまった。
ちなみにサークル名は『いと不死身』。そのサークルメンバーとして水戸くんもしっかり参加した。参加の理由はどんなヤツがどんな顔して買ってくのか見てみたいから、だそうだ。水戸くんは終始顔を顰めてたけど、意外といい小遣い稼ぎだといって、実は今もサークルは継続してる。
私はその後志望校のランクを一つ落とし、どうにか合格したからよかったものの、湘北を卒業した今も水戸くんが正面に座っていることには違和感しかない。今も彼には原案に推敲とお世話になってる。
ちなみに水戸くんが言うには、安田さんとの関係は今尚続いているとのこと。ここまできたらずっと仲良くやってほしいけど、やたら当てつけのように惚気られても私だってどんな顔していいのかわからない。二人が幸せなら何も言うことはないけど、水戸くんはきっと、今も私のことを牽制してるから――――。
「受けはもう学生でいいっしょ?  やっぱ馴れ初めは要るって」
そう気さくに話しかける裏側から、今日も据えた眼差しが光ってる――――。





―end―


あとがき


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