Boys love 5 |
その日帰宅すると、台所から覗き込んだお母さんがおかえりのついでに朗報を投げかけてくれた。 「前に言ってたやつ届いてたわよ。二階の部屋の前に置いといたから、勉強頑張んなさいね」 「はーい」 階段を駆け上る足取りがすでに踊ってた。部屋のドアの前にはA5サイズの小包が置いてあり、その場でつい飛び跳ねた。 実は勉強にこれも必要だからってお母さんに強請ったけど、本当は嘘……。お母さんこういうのに疎いから、きっと電子辞書みたいなものだと思ってるけど全然違う。でも勉強の励みにはなるから許してほしい。勉強も絶対頑張るから……! とは思ったけど、その小包を手にした瞬間から私の右手は疼きっ放し。当然勉強は後回しに、部屋に入るなりすぐ包装を解き、それが姿を見せた瞬間は恋と錯覚するほどだった。 「フフフ……!」 一人で笑ってそれを胸に抱き締め、頬擦りまでしてみる。だって、どうしても欲しかったんだもん、このペンタブ! 早速パソコンにインストールしてそれを繋げ、初めてタブレットにペン先を突き立てる違和感にちょっと困惑した。でもこんな感じかな〜で描き始めたらもう手が止まらない。画面にはするすると線が伸び、自分の絵が間接的に仕上がっていく様が不思議で面白い。 実は昔から絵を描くのが好きで、動物のイラストや背景なんかをノートの端にちょこちょこ描いてた。課題で賞を取ったり、美術ではまあまあの成績を貰うぐらいだったけど、でも例の本を読むうちに、その挿絵や漫画に惹かれるうちに私ももっと描いてみたくなった。ずばり、私の頭に広がる理想の男同士を、その甘い絡みを、この萌えを描きたくて吐き出したくて仕方なかった。 でも紙に描けば物として残るし、それでうっかり親にバレる可能性もある。だからこのペンタブを選んだ。データとして残る分にはパソコン開かないとわからないし、きっと安全よね? そうと確信してからは只管黙々と右手を走らせた。まだ練習の段階だけど、幾度とやり直しを経て意外と見られる絵が描けたことを自画自賛したくなる。この世で一番萌えるものを自分の手で創り出せるんだから、当然かも。 そして、そう考えると今度はこの萌えを誰かに理解してほしくなる。共感がほしくなる。延々と語れる同士がほしくなるのは、きっと本能にすら近いのかもしれない。 誰か……と願えば、すぐその必要がないことに気付いた。明日また学校に行けば存分に語れるんだから、だったら一枚くらい印刷して明日持って行こうかな。別に裸じゃないし絡みもなしい、この気持ち、きっとわかってくれるはずだから…………。我ながら、大切な友達が出来たと実感した。 しかし、翌日の反応は思ってたのと違った。 「うーん……私はちょっと、違うかな」 「嫌いじゃないけど、受けがちょっと眠たそうっていうか、イケメンじゃないっていうか。攻めはなんか睨んでて怖いし」 「絵はすごく綺麗なんだけどね。こういう繊細な感じ、如何にも藤井ちゃんぽくて結構好みなんだけど、ただカップリングもまた好みがあるから……」 萌えは千差万別だと知った後、更に別の単語も知った。 「藤井ちゃんたぶんあれよ。マイナーってやつ」 「ああ、それそれ」 「何それ?」 「メジャーの反対。あまり人気がないってこと」 「え…………」 これはショックだとするべきか、ただただ心外としか言えない。私の考える理想のボーイズラブを描いたつもりだけど、共感してくれる人が少ないと思うと正直がっかりだ。自信満々だっただけに友達のフォローも耳に入らなくなる。 同時に、喋らない動かない一枚の絵には少しつまらなさを感じてた。頭の中にはこのキャラがこんなことを言って相手を困らせて、でも実はこう思ってて……と流れがあるのに、それが上手く表現できない。まだまだ実力不足なのもあるけど、それだけじゃない気がしたのは、きっとあの分厚い本を読んだ所為。他にも沢山漫画も読んで、その絵やキャラだけでなく話にも感動したから。でも、話って…………うーん、そう簡単には浮かばないよなぁ。 考えながらまた、黒板に綴られる現国の文を見落としてた。 そこに無言で突っつく指先を今日も背中に感じた。 「藤井さんこれありがと」 首だけそっと振り向けば、目の前へ真っ先にあの表紙が飛び込んできたから思わず飛び跳ねそうになる。 「あ、ああこれ……」 小声で手渡されたその本を慌てて机の中に仕舞い込み、黒板を射る周囲の目に一先ず落ち着く。同時に、この本を読んだ彼の感想が物凄く気になった。 「ど、どうだった……?」 怖々と後ろに尋ねれば、彼はうーんと唸るなり、なかなか真面目に答えてくれた。 「貸したやつはまあすごいすごい言いながら読んでたけど……」 「けど?」 「なんつーか、折角この掘られるヤツに散々不幸な設定仕掛けといて、あんま活かしきれてねーなって」 「え…………?」 私は耳を疑った。設定が活かされてないだなんて、そんな穿ったところまで読んでなかった気がする。本を読む視点が異なればそういう解釈も出てくるのかな。 続く水戸くんの考えには感心して聞き入った。 「掘り下げ甲斐のある要素出すだけ出しといて、あっさり幸せになりましたーじゃ、やっぱ今一つかな。ハッピーエンドありきだとしても、もっと転がして壁にぶつけてやんなきゃ、面白味も半減だ」 そういえば、先週返された現国の小テストのことを思い出した。手にした彼の答案をチラッと見たら、私も彼も同じ七十五点で、違いは彼の文章問題が満点だったこと。しかもぼかされた主人公の思いを解釈して書くところなんか、二重丸がついた上に先生のコメントまであったから内容が気になった程だ。きっと今みたいにすごく穿ったことを書いたに違いない。他のテストは……だけど、水戸くんは洞察が鋭い上に想像力もあるのかも……。と確信しては、初めて水戸くんを尊敬した。もっとその感想を聞いていたいと思った。水戸くんならこうする、という展開もぜひ拝聴したい。それに、出来ればもう一つだけ…………。 「水戸くん、実はその、お願いがあるんだけど……」 私は火照りに火照った顔を背けつつ、募った勇気の全てを振り絞り、たった今走り書きしたメモを後ろに差し出した。 水戸くんの返事は、条件付きのオーケーだった。彼は普段それなりに忙しいから、全ては学校にいる間で、ということだ。私は返事に困ったが、同時に安心したのも覚えてる。 別に水戸くんを警戒してるわけじゃないけど、いやそれなりに恐いとは思ってるけど、正直、この人とはあまり深い仲にはなりたくない。恋愛という意味ではなく、ただ適度な距離を置いていたい。この人に深入りしてはいけない、奥を覗き込んではいけないと本能が察してたから。互いの家に行き来するなんて考えただけで身が竦み、きっとお願いどころの話じゃなくなるから、条件は寧ろ有り難かった。ただし学校内で、というのもそれはそれで難しいかもしれない。絶えず行き交う周囲の耳目には常に気を配らなきゃいけないし、特に男子の目には絶対触れてはいけないのが暗黙のルールだ。けど……でも、これまでが大丈夫だったように、色々工夫すれば上手くいくかな? ……いえ、きっとなんとかするわ。そして抱いたばかりの私の野望を絶対に叶えてみせる! 「じゃあ、まず……」 私は透けないファイルを水戸くんに差し出し、翌日の昼休み、図書室で落ち合う約束をした。 |
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