Boys love 4

翌朝、窓からは清々しい五月晴れが射し込む教室で一人、早目に登校した私は真っ先に自らの机の中に手を突っ込んだ。……が、ない! おかしい! 借りた本だったのに、一体どこいっちゃったんだろう?
最後に触ったのはもちろん昨日のホームルーム。失くしたとすれば放課後ってことになるけど、どことなく嫌な予感がした私はまだ誰もいないのをいいことに、それでも辺りの物音に気を配りながら慎重に、後ろの席へと回った。そしてそーっと中を覗いたけど、手を入れて探ろうとそれは出てこなかった。彼のロッカーも開けてみたけど、丸まったジャージが置かれてるだけで何もない。
ちょっと疑い過ぎたかな? ゴメンね水戸くん……。
間も無くクラスメイトがぞろぞろと揃いだし、ホームルームも始まる直前に後ろの彼もやってきた。
「おはよう藤井さん」
いつもの優しげな挨拶だが、席に着きつつ欠伸をする彼はまだ眠そうだ。
「お、おはよう……」
後ろめたさのある私はあまり彼を見ないようにしたけど、後ろでは何やらゴソゴソ、「あれ……?」という声に肝が冷える。すぐに「気の所為か」の声でホッとして、私は次の焦りに備えた。
……というのも、あの本は友達からの借り物だから失くしちゃマズイ。しかも校内で失くしたとなればそこもまた問題。もしあんな本の貸し借りがバレたら、生徒指導室で生徒指導のあの厳つい先生に何て説教されるんだろ……。挙句には親まで呼び出しされたら、私はもう家にも学校にも居られない。
「ハァ…………」
重い溜息のまま二限目を終え、午前の休み時間を迎えた。すると例の友達三人が私の机にぞろぞろ集まり、その中の一人がいつもとある袋を抱えて持ってくる。それは紺色の透けないビニール袋で、中には決まってあれが入ってる。
「藤井ちゃん、此間のあれ、読んだ?」
「う……うん!」
「受けが乗り気なのがいいよね〜あの本は」
「そ、そうだね……」
歯切れの悪い返事の奥で罪悪感に襲われるが、話題が別の本に逸れたことで少しホッとした。
「こっちは漫画なんだけど、見てこれ! かっこい〜でしょー!」
例の袋からまた新たなる表紙が現れたが、すぐに隣の友達がそれを両手で覆い隠した。
「ちょっと、マズイって!」
日中の学校にこんな物、という共通の背徳が瞬時に伝わり、慌ててそれをしまいつつ周囲を気にする。しかしこれだけ騒がしければ誰も見向くことすらなかったみたいで、四人揃って安堵した……のも、束の間のことだった。
「えっ? み、水戸くん……それ、何読んでんの?」
今にもひっくり返りそうな声で友達が私の後ろの席を指す。彼女の険しい表情から恐る恐る後ろを覗けば、これまで暗記した単語が全て吹っ飛ぶほど私は瞬時に凍り付いた。四人揃って二の句を失った。
水戸くんが、そんな私たちの前で平然と肩肘付きながら、なんの背徳も罪悪感もなくあの本を読んでたのだ。
「ん? ああこれ?」
今気付いたとばかりの態度はどうも白々しく感じるが、まずはその真意が読めない。
「それ……あたしの……」
貸してくれた友達が見慣れた頁を見て呟くと、その目が次に射したのは私。
「確か藤井ちゃんに貸し……」
私は慌てて手を合わせた。
「あっ! ごごごごゴメン! 私昨日、机の中に忘れちゃったみたいで!」
……そう、私は昨日この机の中に置いて帰った。それが今は水戸くんの手にあって、彼は今それを普通に読んでる。捲った後の頁を、濃厚に絡むはしたない挿絵を気味悪く見るでもなく、食い入って凝視するでもなく、気怠そうな頬杖からフムフムと眺めている。
つまりこれが、私が昨日彼を試そうとした結果……? 驚くでも嫌悪するでもない、顔を赤くするでもなければそれを突き返すでもない。つまり…………どういうこと?
凡ゆる疑問を詰めた眼差しを水戸くんが受け止めてくれた。
「実は昨日、花道がここでふざけて暴れて、俺と藤井さんの机がひっくり返っちまってさ。で、適当に戻したつもりだったんだけど、この本間違って俺の鞄に入れちゃったんだわ」
「あ……そうだったんだ」
即ち不可抗力なら、うっかりその本を、その表紙を見ることになってしまった不運を詫びるのは私の方。三人でそんな申し訳なさを共有するが、じゃあ、なんで? なんで読んでるの……? なんで返さないで今もこうして読んでるの?
同じ疑問を通して三人で水戸くんを見つめるけど、誰一人言葉が出てこなかった。きっと訊き方がわからないから。なんで? の一言にどこまで込めていいのかがわからなかったから。
結局誰も切り出せないうちに休み時間は終わり、三限目が始まった今も本は水戸くんの手にある。
とりあえず軽蔑はされなかったけど、こうして英文を読み解く後ろで水戸くんがあのボーイズラブを、あの露骨な台詞を、あの生々しい挿絵を見てると思うとどうやっても落ち着かない。今どこを読んでるんだろう? そう考えただけでソワソワして英文が耳を擦り抜けてく。
そこに、突如背中を突っつかれたことで思わずビクッと身が竦んだ。恐る恐る振り向けば、今も片手に本を開く彼がいて、そして私に小声でこんなことを言ってきたからもうわけがわからなかった。
「藤井さん、これ借りていい?」
「えっ!?」
「ちっと見せたいヤツがいんだけど」
「えっ? あ、でも……きっとドン引きされちゃうよ?」
水戸くんの周囲の人間を顧みれば、ずばり健全? な男子だらけの輪の中にボーイズラブを放り込むようなもの。
でも私の耳へ前のめりになってまで彼が言うには、その図は実現しないらしい。
「つっても、その手の人間なら問題ねっしょ?」
「その手……?」
……って、どういうこと? つまり……? え? どういうこと?
私は今日も勉強が手に付かなかった。

そして昼休みにこのことを話せば、友達は私とまったく同じ疑問を私にぶつけてきた。
「ていうわけで、水戸くんに又貸ししちゃったんだけど……」
「え? なんで? なんで水戸くんが?」
「私だってわからないよ。訊けるものなら訊いてみたいけど……」
でも、なんか訊けない……。
今日はやけに三人と同調した。




戻3 | 4 | 5次