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約束の夕刻、黄昏の空にも春の陽気は感じられ、すっかり柔らかくなった気温が捲り上げた腕に触れる。
行き交う歩行者の邪魔にならぬよう、駅を出た安田は隅の壁際に立った。休日の犇めき合う駅前交差点を目の前にした。あの日と同じように……。
頭を過るは半年前。いつか彼女と待ち合わせをし、そして恐喝にあったこの場所で彼が助けてくれた。念願の初デートが叶うその前に、安田は彼女に別れを告げた。
あの日あの後――――安田は洋平に想いの丈をぶつけた。彼がバイトを終えるのを待ち、湿った声を振り絞り、夕陽に染まるスタンド前ではっきり好きだと伝えた。その答えは実にあっさりしたもので、「わかりました」……と、たったそれだけだった。安田はその真意をさっぱり推し量れぬまま、受験を、卒業式を迎えた…………――――。

漸く洋平がやって来たのは十五分が経った頃だ。
「ゴメン、遅くなりました」
学年を意識してか、たまに敬語を遣う彼の内面は未だ窺い知れない。
見覚えのある青いシャツを羽織った彼はのんびり歩み寄って来ると、プルタブの開いた缶コーヒーを持っていて、もう片方に持った炭酸のジュースを安田に差し出した。
「ああ、ありがとう……。バイトだったの?」
安田は冷えた缶を受け取りながら、「ええまあ」と歩き出した彼の隣で歩調を合わせる。
「……で、洋平くん、どうするの?」
「どうするって、デート」
「デート………?」
今、男二人でのデートの意味を暫く考えてみた。
そしてその真相は、徒歩五分で行き着いたデート先で判明した。
「ラブホじゃん……」
ピンクと紫の電飾が象る、わかりやすい艶やかな看板を見上げた安田はすっかり目を皿にした。「ええ」とだけ頷く洋平に、安田は呆気に取られたまま後の言葉が続かなかった。
青い背中に続いて中に入ると、まずはしっかり防音の施されたドアの並ぶ廊下を行く。思えば夢にまで見たラブホ、そこは日夜男女が戯れる魅惑のラビリンスだ。しかしいざ踏み入ったそのドアの向こうは、想像していたいかがわしさがあまり感じられない。余計な装飾を控え、明るい空間を演出する配置には清潔感すら覚えた。
「こんななんだ……」
早速精算機に万札を差し込む洋平の背後でつい感心してしまう。
「安田さん、もっとスゴイとこがよかったの?」
「いや……」
開始はすぐだった。二つの缶を備えのテーブルに置き、「こっち」と腕を引かれたのは早くもダブルベッドの上だ。淡いピンク色で統一されたシーツと布団に、妙な新鮮さを抱く間もなく押し倒される。ふかふかのベットに背中からドサッと吸い込まれ、舞い上がる空気は忽ち天井へ……青い背中の向こうへ……。
あ……と気付いたのは天井の鏡張りだった。上に重なった洋平の少し強引な手付きが、安田のシャツを剥くように脱がしていた。
思わぬ中継画面にはより興奮を煽られ、天井に映る半裸の安田はすっかり上気していた。程なく、床に衣類の落ちる音を遠くに聞いた。
「安田さん」
目の前で呼びかける声に気付き、朧ろ気に見上げれば、彼の垂れ落ちた前髪に額を擽られる。
「起きて」
甘く囁く声が耳許に、そのまま背中を抱き寄せられ、上体を起こすと同時に向きを百八十度返される。そこで「ぁ………」と言葉に詰まったのは、全裸に恥じらう自身の姿が壁にも映っていたからだ。日常では全く目にかかることのない規格外の鏡がまた目の前にあった。天井と奥の一面だけが鏡張りで、ダッシュボードには見たことのない玩具やらコンドームが置いてある。安田はざっと見回してみて、今更ながらここがラブホであることを実感した。
「あぅ……ゎ、あっ……」
後ろから回された手が胸の突起をきゅうと抓る。グニグニと潰される痛みに歯を食い縛りながらも、無意識に閉じた脚の内側には確かな熱を感じている。程なく膝下から抱えられ、開かれた脚の間でそれはしっかりと上を向いていた。破廉恥な安田の姿がはっきりと鏡に映し出された。
「いいよ……」
うなじから聞く声が生温く、それだけでビクッと脈打ったのは、鏡の向こうの素っ気ない彼にもバレているだろうか。
「はぁ、ああ……」
早速根元を握られ、安田にとって半年ぶりの声が無意識に漏れる。濡れた先を指先で塗り込まれ、そのまま上下に扱かれれば迷わず気が狂う。
「はぁ、あっ、あっ……ぅあっ……!」
同時に強く抓られた突起がヒリヒリと痛み、安田の顔はべそをかくように歪んだ。ぐちゅぐちゅ響く音はまさか自分の先走りのものだろうか。
「ぁぁ……、はっ、んぅぁ……」
思うように力が入らず、安田はぐったりと後ろの彼に凭れ掛かる。抓られる痛みと、下半身に与えられる快楽に力が奪われる。
「痛い、洋…っ、痛……」
痛い……。でも、でも……!
「はぁあっ……!」
鏡は正直な安田自身を映してくれた。欲に溺れエロに濡れ狂った表情は誰も想像出来まい。今、布団を握り締めながら身体を開き、非ぬ声を発しているのは誰でもない、安田自身だ。
まるで電流が流れているような彼の手により、安田は身体を弄ばれるだけの淫乱なオンナと化している。オンナにはないソレを激しく扱かれ、熱い息をはぁはぁと漏らしている。
……きっと反動だった。暫くのお預けで打ちひしがれた日々を、今やっと解放するに至る。
「放置プレイって案外効果あるんだな」
見透かした声がうなじから響いた。しかし、わざとだったのかと今は納得ことすら覚束ない。
煙草の所為か、首筋に這う舌先はやや水分が少なかった。そのリアルな感触に、安田の首は一気に仰け反る。耳まで這う舌先に聴覚までも敏感になる。
「ぁあっ、もう出……」
「いっちまいな……」
……いつか聞いたこの台詞。不思議と暖かい感情が湧き立つと同時に、安田の精は勢い良く飛び出した。




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