――一月五日。
年が明け、二人は実家から戻った。木暮が遅く帰ってきたが、事前にサークルの新年会だと聞いていた牧は何も言わなかった。十時手前に開いた玄関へのそのそと歩み寄り、そして絶句した。
「今日さ、先輩からこれ貰ったんだ」
「…………」
数日ぶりに顔を合わせた相方もまた変わりなく、今年も屈託のない純な愛嬌が眼鏡の奥に浮かぶ。そんな彼が牧に差し出したのが、『EDEN フリータイム割引チケット』だった。
「ゲームもDVDも充実してるし、快適だったって言ってたぞ」
「最近は名前が露骨じゃないからな……」
割引券を受け取った牧は呆然と溜息を、小さく記載された『18歳未満の方のご利用は固くお断りします』を裏面に確認する。行きたいのか? とかまをかければ、「いやあ、貰っただけだから」と受け流す木暮はさてこれが何かわかっているのか。わかって受け取り、わかって差し出したのか。
「あとで行くか?」
「ああ、そうだな」
中へ上がり、コートを脱ぎながら頷く木暮に躊躇いも恥じらいもなかった。
「だが木暮はまだダメだ。ここは大人にならなきゃ行けない」
そうなのか? と、玄関に佇む牧へ、振り向きざまに応ずる木暮はもう歴とした十九歳だ。去年より少し髪が伸び、心なしか顔も引き締まり、表情も垢抜けた。しかし木暮が知るのは同居人による優しい唇まで、それ以上を知らない半開きの唇が今も疑問符を浮かべている。続く牧の言葉にはますます口をぽかんとさせた。
「そうだな。二十歳になったら、そしたら俺が教えてやる」
そう言って、妙なしたり顔を見せる牧の中では今、確かな決意が芽生えたようだ。
「木暮、誕生日はいつだ?」
「七月十二」
「わかった。覚えとく」
釈然としない木暮が浴室へ向かうと、その背中を見届けた牧は一人、密やかに宣告した。
「来年だ、木暮……」
ベルトが吸い付く腰のライン、シャツに浮かぶ肩甲骨、寒さに竦む白いうなじ……。じっとりと細めた目で、牧は来年のフリータイムを見つめていた。が、一枚を脱いだばかりの木暮が慌てて戻ってきたことで早くも決意が揺らいだようだ。
「牧、大変だ!」
「なんだ?」
「風呂が壊れたんだよ。追い炊きのスイッチ押しても何にも言わない。一応明日管理人さんに電話してみるけど、すぐには直りそうにないな」
「そりゃあ困ったな」
口の割には大して危機感のない牧だが、次に出た木暮の案により表情が一変する。
「とりあえず、暫く銭湯通いだな」
忙しい年末年始を終え、今日から二人の新年が始まる。晴れて恋人となった同居人との生活がそこに、共に四年後の未来を築く。
「なんなら今から行ってくるか? 牧も一緒に行くぞ」
まるで今の牧を挑発するような台詞は誰より純粋な笑顔で、あの初雪より白く清く、あまりに眩しい。着替えて戻った彼の、そのティーシャツに刻まれた『愛』で、頑なに銭湯を拒む牧をにこやかに誘っていた。
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