友達と友達とその知り合いの友達 9

その日の晩のこと――。アパートのキッチン前に片足で立ち、タイマーの鳴る炊飯器の横で洋平は茹だる鍋をかき混ぜていた。よっ、とカレー皿二枚を取ったところで、そこに突然訪ねてきたのは部活帰りの親友だった。
我が物顔で上がり込み、黙って居間に座り込む彼とは夕刻の体育館裏以来だ。
「どうしたぁ?」
素知らぬ顔で居間を覗くと、テーブル前に腰を据えた彼は直ちにこちらへ体を向ける。そして、ボロい畳に鉄の額を押し付け、改めて口にしたのは謝罪の言葉だった。
「洋平その……悪かった!」
洋平は足を気遣いながら中へ、ひれ伏す手前に腰を下ろし、とりあえず事情を窺う。
花道は頭を垂れたまま、再び謝罪を口にした。
「その……疑って悪かった」
そして頭を上げるなり……
「だからもう、神と変なコトすんな!」
花道は、自分が疑ったせいで洋平が無理にあんなことをしたと考えたらしい。
「はは、わかってくれたならいいよ」
わかってくれたなら、洋平はどう取られようが構わない。漸く胸を撫で下ろしては花道の肩にそっと手を置く。そして言ってやった。
「なぁ花道、バスケもだけど、あっちも頑張れよ」
あっち……? と、親友すら疑ってしまうほどその一本気な彼へ。
「晴子ちゃんに決まってんだろ? まじで頑張れよ」
至近距離で眉を顰める花道は、いきなり励ます洋平を訝し気に見つめていた。
五十人で記録を止める彼へ、洋平は更なる鼓舞を込めて言ったつもりだ。
「無謀なのはわかってても、そこに絶対はないわけだろ?」
いくら可能性が低くても……と、それはどこか自分にも言い聞かせるように言ったつもりだが……
「む、無謀って、どういうことだ洋平!!」
即座に掴みかかる花道だが、その有り余る元気はもう尽きる頃だ。予測した三秒後、グ〜ッと腹の音が鳴った。
「花道飯は?」
「いや、まだ」
「夕飯食ってくか?」
「お、いいのか?」
にっこり立ち上がった洋平は片足でキッチンへ、先の皿に炊きたてをよそる。
するとその背中へ、元気な大食漢のいる居間から、ぼそりと呟く弱気な声が聞こえてきた。
「晴子さんが、言ってたんだ……」
大盛りのカレーを乗せ、居間へ戻った洋平はその対面に腰を据えた。置いた皿の湯気の向こうに、膝を抱え込む切ない横顔を見つめた。
「晴子さんが、流川が最近変わったって……」
ぼそぼそと畳に呟く彼は、ある意味無神経な彼女に今日も想いを寄せていた。そして誰より無神経な彼に多大なる嫉妬を抱いていた。
「まあ、アイツもさ、いつまでもあの性格じゃキツいんじゃね?」
変わったという流川を、洋平は少し大人になったという意味で解釈した。だが、少し違ったようだ。
「いや、そうじゃねぇ。今までバスケしか見えてねぇような目ぇしてたけど、最近は、他に別な何かを見てる気がするって」
「……花道それは、寧ろチャンスなんじゃね?」
「ど……どういう意味だ?」
ハッと上がった視線に、食い付いた興味津々な瞳に勝手な憶測を解いた。
「流川だって男だ。恋の一つや二つするってんだよ」
「流川が…………恋!?」
「はは、笑っちまうけどそりゃただの偏見だ。もし流川が別の女見てたとしたら。……そしたら、わかんねぇだろ?」
意味深長にけしかけた途端、花道の目の色が変わった。
「よ、洋平……!」
そこに、「腹減ったぁ」と我が物顔でドアを開けたのはここの新しい住人だ。今回といい前回といい、何かと掻き回してくれる厄介な分身だ。
花道にとっては新たな恋敵でもある彼に、鋭い眼光が向けられたのは言うまでもない。
しかし、そんな弟から放たれた言葉がまたも兄を苦しめた。
「洋平俺、今日親父に頼んできた。来月から湘北通うわ」
「は…………?」
一つ問題が解決した傍から、また更なる問題が増えていくことだろう。
洋平は今日、三ヶ月ぶりに一本を取り出した。日曜の翌日は酒をかっ喰らい、パチンコに出向いた。見つからない自分の何かを周りの所為にした。周りの大好きな人達に、今だけは子供のように甘えようと思った。



― to be continued. ―



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