蠍座の瞬き 1

――八月。今年もまた一段と暑い夏…………決勝戦だった。
今年神奈川MVPに、そして得点王にも輝いた流川はその神奈川を背負い、たった今全国制覇に王手をかけたところ。
流川にしてみればやっとといったところだろうか。今年再びインターハイ出場を勝ち取った、しかし三回戦で幕を閉じた翔陽からすれば、それはまた夢のような話だ。
惺率いる翔陽はすでにこの地を去っていた。依然監督不在が故の戦略不足、それでも大健闘した末の敗退は悔しさばかりが残るもので、地元の新聞にも大きく惜敗の文字を飾った。
一昨年二位の海南、昨年優勝の陵南、そして今年の湘北。スポーツ雑誌の謳う神奈川最強説はなかなか仰々しくあったが、きっとそれすら覆すことを湘北はやってくれる。観客の度肝を抜くような、想像を遥かに超えるスーパープレイの数々を、きっとアメリカでも張り合えるような熱く激しいバスケットを……いつか、花形ら翔陽を負かした時のように――。
ふと、館内高く響き渡る歓声で花形は視野を改めた。颯爽とコート上に姿を現し、中央で赤の4番を纏うその男はすでにあの鋭い眼差しで、ギロリと相手を睨み付けていた。寝ている時とは程遠い、溢れんばかりの闘志漲る姿だ。
睨めつけるその先は、以前、一度湘北が破った王者山王だ。彼らもまた初めて苦汁を飲まされた湘北にと、復讐心剥き出しの覇気は微塵も負けていない。坊主頭の彼らも同様に、悪者のような目つきで敵を睨み返していた。コートでの闘いは試合前の練習の時点で始まっていたのだ。
すると今、練習が一通り済んだところで流川の視線が花形のものと重なった。一瞬、そこだけ時が止まったように、この広い観客席に埋もれるたった一人の男を見つめ、口は黙したままで流川は確かにこう告げた。
キリリと眩しい眼光、それは今日必ずやって見せると言っていた。
「ああ、見てるから」
微笑み返す花形からパッと表情を切り替えた流川は、今静かに気を逆立てた。天上天下唯我独尊男がこれから日本一の高校生になる。そんな流川の夢が一つ、今日、きっと叶ってしまう―――――――

 

表彰式も済んだが、花形は暫く席に座っていた。関係者が慌ただしく机やらシートやらを片付けるフロアを見下ろしていた。何故ならそう……
「先輩」
背中に届いたボソボソとした声は明らかだ。
「流川」
振り返り、立ち上がり、全闘志を絞り切った湘北ジャージの男の前に歩み寄った。
「お疲れ」
まだ数人が残る周囲も気にせず、花形はひしと抱き締めていた。
惜しかった……そう告げたい場面が今日どれだけあったことか。また一回りも二回りも大きく成長した河田弟に、特に磨きのかかったディフェンス相手に放たれたフェイダウェイショットはあまりに見事だった。流川の更なる成長が、見果てぬ成長が嬉しくて、それをこうして讃えたかった。
腕の中でまだ冷め止まない興奮を少しでも癒やしてやりたくて、激しく波打ったままの血も少しだけ穏やかに……負けた悔しさも、今はこの腕の中に鎮めてやりたい。
鎖骨に重く押し付けられた額は俯いたまま、静かに震える全身が、握り締められたままの拳が先の悔しさを直に伝えてくる。
こんなにも努力に努力を重ねたのに一番にはなれなかった。湘北の4番として仲間を優勝に導けなかった。その悔しさが、押し付けられた鎖骨に痛いほど染み渡る。
それでも流川は日本一だと言ってやりたいが、今耳にしたところで却って悔しさが込み上げるだけだろう。思ってはそっと黒髪を撫でた。
「流川、顔上げて?」
囁くと、息を一つ零してからゆっくりと見上げる赤い顔。頬に触れるとそれは普段に増して高い熱を放っていた。うっすらと瞳も潤んでいるのだろうか。
「アメリカが、待ってるよ……」
きっと、今の流川の耳が受け入れるのはそれしかない気がして、花形は笑みを浮かべた。
悲しいことにそれは当たっていて、今流川の顔の赤みが徐々に引いていくのを目の当たりにする。
言わなきゃよかったか、などと考えていると、いつもの無表情に戻った流川が言った。
「先輩明後日」
「明後日?」
「明後日、先輩んち行く」




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