緑のSHOYOを背負う野球部員らが校庭いっぱいに散らばり、あちこちでトンボを引き摺っている。奥の体育館からも掛け声が響き渡る朝、入道雲沸き立つ空の下、翔陽高校の彫られた校門前にも三人が並んで立っていた。新鮮な太陽がほぼ正面から、目の前の車道に数台が通り過ぎればそれは眩しい日光のストロボとなり、SHOYOジャージを着た彼らの若い頬を撫でつけた。
「遅いな」
スポーツバッグを背負った花形の呟きに、隣の長谷川が「ああ」と自らの腕時計を覗く。
「うちは合宿先から一番近いから、一番最後なんだ」
藤真が言ってすぐ、やって来たバスが彼らの目の前に停車した。自動で開いた扉へ藤真、長谷川、そして花形が乗り込んでいった。
彼らはまず運転席に挨拶、最前列の監督勢には大きく声を張り上げた。
「よろしくお願いします!」
一斉にお辞儀をすれば、三人の監督が個々の反応で彼らを迎える。
「よろしくね藤真くん、長谷川くん、花形くん」
おっとりと申し上げる安西監督に、二人分の席を隙間なく占拠する元全日本選手を前に彼らは今一度頭を下げた。
そして奥の座席へとぞろぞろ進めば、そこはすでに三校の選抜メンバーでほぼ埋め尽くされていた。それぞれの空き時間を自由に過ごす神奈川選抜勢の中、並んで空いていた二席に藤真長谷川が着いてしまうと、花形に残されていた席は通路を挟んだその隣、たった一つだけだ。
これは小学生の遠足ではない。当然席も決まっていないとなると、およそ騒がしい人は後方へ、それを望まない人は前方に着く。
花形は今、最後にバスに乗り込んだことを少しだけ後悔していた。前から二列目、あまりに静かな通路側……。
「流川、隣座るよ」
軽く声をかけ、その隣に腰を降ろせば、隔てる肘掛けの向こうからはギロリと鋭い目が覗き、「ウス」と無愛想に応える。そして、再び窓とにらめっこ……。
なんとビリに相応しい席だろう。花形が指で眉間を支えたところでバスは発車した。
花形は冷静で、周りと比べれば大人しい方に属するが、社交性もそれなりに重視している。しかし今隣で窓の外を見つめる流川にその心掛けはあるか。先輩として多少コミュニケーションを図る必要があるが、果たして流川に通ずるか。
バスケ以外普段は寝ていると噂の流川だが、照葉樹林、色濃く流れる窓の向こう、染まりゆく景色に映り込むその顔に眠気は見当たらない。
花形は腕を組むと、頭を垂れては程なく瞼を閉じた。
そよそよと黒髪揺れる、冷房の風を上から直に受けるうなじが薄く粟立っている。花形は首筋をさすりながら顔を上げると、まだぼんやりとだけ開いた目で周囲を見回した。
通路を挟んだ隣には今後の翔陽を語る藤真と長谷川がいて、その後ろに中学時代を語る福田と神、あとは主に寝息が響く前方席は比較的静かだ。
後方からは賑やかな桜木の声が沸き続ける。彼を中心に湘北メンバーによる痴話喧嘩が繰り広げられ、赤木の拳骨が飛ぶと一時は大人しくなる、その繰り返しに他校から同情や苦笑が漏れていた。
そこへ、花形にも届いた声は通路を跨いだ席から、長谷川からの問いかけだった。
「どうした花形?」
「隣、流川か?」
続く藤真の問いに頷いた花形は、今漸くはっとして、その隣を見やった。すると唖然と目を剥く花形に、周囲からは見えぬその肩に、スースーと寝息を立てる流川の頭が預けられていたのだ。
花形に続いて眠ったのだろうか。声を上げずとも花形の視線は地味にふためき、その目で通路の向こうの席へ助けを乞う。しかしその流川について、豊玉戦での彼の受難を早くも藤真と話し込む長谷川は振り向くことすらなかった。花形を気遣うより、新たな話題が投じられたに過ぎなかった。
「なんだかな……」
花形は正面を向くと、そのままの姿勢を保つ。
勿論、バスケ以外での流川など彼は何も知らない。翔陽を負かし、更に山王をも破ったという赤の11番しか知らない彼だが、その流川が今、隣で無防備な姿を晒している。流れゆく景色に透けて映る寝顔は、花形の腕に寝息をぶつけるだけの彼は生意気さも覇気もなく、朝の眠りに身を捧げる一学生に過ぎない。そっと覗き見た花形の口元が小さく綻んだ。
やがてバスが到着しかけた頃、花形は、未だ肩の上で眠り続ける後輩を優しく起こしてやった。
「流川、そろそろ着くよ」
普段、そんな静かな声ではピクリともしない流川だが、この時ばかりはゆっくりと目を覚ました。水面に射す淡い光が、穏やかな声と共にその夢の中へ響き渡った。
彼はそのまま、頭を起こそうとしなかった。ぼんやり遠くを見つめたまま、深い寝息もそのままに尚頭を預けている。じっと物思いに耽るような、それでいて安らかな、誰も見たことのない無表情。一瞥した花形も何も言わなかった。が、バスのブレーキが掛けられたことで二人は身を離れるに至る。二人は無言で席を立った。
集合した寮のロビーで早速部屋割りの発表があった。チームプレイであるバスケの合宿、親睦を図るため、それは学校に関係なく数人ずつに振り分けられた。
「一号室ー、牧、赤木…………三号室ー、花形、仙道、清田、流川……」
発表された各部屋に荷物を置くと、予選を控えた厳しい練習が早速始まった。初日といえ、国体合宿ともなれば目も眩む程のハードメニューが待ち受ける。翔陽にはいない専任の監督勢がいつもより頼もしく檄を飛ばし、学校を問わず叱咤する。蒸した真夏の体育館で、ここにいる皆がリングの向こうに同じ夢を見ていた。
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