sad, drunk, and poorly 後4

花道は遂に頭を塞ぎ込んでしまった。流石に難題すぎたか、このままではきっと埒が明かないので、今度は洋平が心を開く番だ。勢い良くぶつかるべきだ。昨夜固めた決心は最早疼き出していた。
「好きなんだ、花道が」
実にあっさりとした告白のあと、顔を上げた花道の首筋に勢いよく抱き付いた。考えることも断る隙も与えなかった。
「な、よ…………」
目を皿にする花道に正面から重なると、直ちに唇を塞ぐ。触れるだけじゃなく、挟めて舐めて、甘く噛むように吸い付いてからじわじわと滑り込む。キスを知らない唇に、極上のキスを授けた。怯える舌先を二、三突っついた。が、依然として反応がなかった。
唇を離れても花道は唖然と硬直していたが、肩を揺すればやっと洋平を視界に留める。それでも何も言えないでいるから、洋平は次に条件を掲げた。
「毎日これしてくれよ。したら俺、ちゃんと学校行くわ」
そして、その場で立ち上がった。コンクリートに飽いた尻を片手で叩き、黙って三段を上る。「どこ行くんだ?」と尋ねる声を背に、道路へと抜ける奥の立ち入り禁止のロープに向かって歩き出した。
「おい洋平……」
呼び掛ける背中の声を無視した。そして、このクサイ行動を今日も心の中で謝った。
すでに洋平の確信犯がこれ以上黙っていなかったのだ。花道は本当に単純だから、だからこのまま、大人しく乗ってくれると信じている。花道以外には通じない、この惨めな誘い受けに……。
「よ……洋平っ!」
すぐに駆け寄る足音を背中に聞き、早くも追い付いた片手が後ろからしっかりと、洋平の腕を掴んだ。更に強引に引っ張られ、互いに見つめ合った。
「行くな洋平!」
両肩が強く掴まれ、見上げた先に鋭く真っ直ぐな眼差しを見る。優しい彼はまんまと乗ってくれたわけだ。
そして、真正面から嘘のない目で、声を振り絞るようにして、洋平のやつれ顔へ懸命に告げてくれた。
「俺は……、俺は、もう変な洋平見てらんねんだ。だからちゃんと学校来てくれよ。俺、洋平が来んなら何でもすっから。よくわかんねぇけど、なんつーかその……さっきのだって、それなりにはやってやっから」
徐々に視線を外しながら尻すぼみに口を小さく、嘆きにも近い声で、不機嫌に引き攣った顔でそう言った。
「じゃあ俺が好き?」
「あ、ああ」
「晴子ちゃんじゃなくて?」
「そうだよーへーだ!」
「本当にいいのか花道? 俺たちもう恋人だぜ?」
「ああ勿論、こ……恋人だ!」
投げやり感はあるものの、それでも洋平はもう、口から声が出なかった。その場に崩れ落ちそうになるのをどう堪えてるのかもわからない。勝手に唇が震え、一気に胸が詰まり、ずっと呼吸が出来なかった。一瞬波の音も止まったから、心臓まで止まるかと思った。
痛いんだ。痛いんだよ花道……。
そしたらまた、不器用に告げてくれた。
「昨日のも、少しならしてやる」
そう、言い辛そうに落とした視線も間近で受け止めた。
確信犯もそこまでは読み取れなかったから、少しの間状況把握に努めた。繰り返す波の音が、静かな時を埋めてくれた。
「はは、ぜってぇだな?」
やっと笑顔を持ち上げたが、情けない顔をしてた気がする。眩しい太陽の所為かもしれない。こんなにも目の前に太陽があれば視界が滲むのも仕方ないだろう。
同時に、洋平の中の渦巻く闇が消え去ろうとしていた。あの時の痛みも歪みも、恐怖も全て、今来た波が洗い去ってくれたようだ。
「よーへーもまだまだガキだ」
「それ花道に言われんのかよ」
無邪気に言い合ってから、二人並んで学校に向かった。今何時かはわからないが遅刻は確実で、今更天気の良さに気付いたから、急ぐ必要もないだろう。だから、もう少しゆっくり行きたい。いっそのこと……。
「やっぱサボろーぜ花道」
「ダメだ! 卒業できねーぞ」
「わかったよ」
わかったから、今ここで貰ってくれよ、俺の全部……。
そう、すぐ隣の大きな手を黙って繋いだ。バスケットボールを愛す一途な掌を握った。すると、どうやらその気持ちが伝わったらしい。
「あー洋平、腹減った」
「じゃあラーメン食ってくか?」
……全部。きっと貯めたバイト代まで貰ってくれる。
それに、やはりハンドパワーはあるようだ。今繋いだ手がすごく暖かい。しっかり握って離してくれない。まじ、痛いくらいに。いや痛ぇよ花道。握力いくつだよ……?
「まぁ、いっか」
一人鼻で笑ってから、洋平はポケットの中の煙草を一本残らず握り潰した。






―end.―
あとがき



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