Pinocchio 1

二人は今日も、体育館裏のトイレにいた。
「……ハァ、痛っっ……たいっ、あっ……も……」
「安田さんさー、ここ学校のトイレだよ? 外誰かいるよ? いいのそんな声出して?」
身悶える安田を蔑むよう、洋平がその耳元に囁く。安田の下半身を弄りつつ、シャツの上から胸の突起を器用に抓り上げる。
「ひっっ、痛い、痛いよ洋平くん」
「ちっとうるさいよあんた」
今度はシャツのボタンを外し、赤く擦れたその突起にゆっくりと舌を這わせる。
「――――ッ!! あ、ハァ……」
「ほら、手はこっちっつったろ。さぼんなよ」

きっかけは、そう――――。花道が教室に忘れた着替えを持ってくるよう、頼まれた洋平が部室へと届けに行った時だった。二年になってもまだまだ抜けていると、洋平は呆れながらも頑張る花道のため、相変わらず世話を焼いていたのだ。その日もすでに練習は始まっていて、当然部室は誰もいないだろうと、洋平はノックもせずその扉を開けた。
すると中には安田が一人、トランクス一枚の姿で顔を真っ赤にして、たった今、慌てるように何かを隠した――――が、背中に隠そうとしたそれははらり安田の指を離れ、宙を舞いながら洋平の足元に滑り落ちた。
……写真だった。晴子の友人の、藤井の――――。
安田はトランクスのまま慌てて洋平の足元へ駆け寄り、焦って写真を拾い上げてはその控えめな笑顔を胸に伏せる。そして洋平を見上げると、いつもより眉尻を下げて訴えた。
「よ……洋平くん、お願い。お願いだから、誰にも言わないで……!」
男にとって片思いの相手がバレるほど恥ずかしいものはない。しかしそんな時も、いつもの水戸洋平なら笑顔でこう言ってくれるだろう。
『はは、安心しなよ安田さん。んなこと誰にも言わねーから』
強面だけど実は優しい。正義の味方桜木軍団、その核心こそがこの男なのだ。しかしその日に至っては違っていた。安田を見下ろす今の洋平に笑みなどなかった。
「へー。この子ね……。安田さん、そんな趣味してんの?」
「え…………?」
異性の趣味を窺うというより、いっそ嘲るように言い放った洋平は明らかに蔑む目をしていて、安田は忽ち身を竦める。次の洋平の台詞にはとうとう言葉を失くしてしまった。
「なんなのその格好、誘ってんの?」
洋平の足下で床に伏せつつ悩ましげに見上げる、トランクス一枚のその姿は、今、洋平の少し厄介な性を限りなく刺激してしまったようだ。
「え……格好? あ、ああ、ゴメンね。すぐ着替えるから」
漸く半裸を恥じた安田が慌てて着替えようと立ち上がったが、その右腕を洋平の右手が制止した。
「え……な…………」
掴むなんてものじゃない。二の腕が絞れるほどの握力に、安田のこめかみから汗が零れ出る。
「いーよ、そのまんまで」
「よ……洋平くん?」
今日の洋平はおかしいと、その真意を問うべく安田が振り向いた先には依然、据わりきった洋平の眼がある。いつもの気さくさなどないその眼差しに安田も一度は振り切ろうと、一歩を踏み出してはみるが、とても適わなかった。
「逃げたいの安田さん? じゃあ逃げな」
洋平の口はそう言うが、今にも潰されそうな腕の肉を一向に離す気配はない。
程なく安田は押し倒された。この狭い部室で天井を向いた安田の額をリーゼントの崩れた前髪が擽る。上に跨る洋平の冷たい視線が眼前に迫る。
逃げ場を失った安田はただ小動物のように怯え、いつもの洋平を呼び覚ますべく窮した声で訴えかけた。
「洋平……くん…………」
するとここに来てふと顔を上げた洋平が、その顔を顰めていた。
「あんたさー、なんで最近洋平くんなの?」
「……え、なんでってその……桜木が呼んでるし、つい……」
「まあいっすよ。で、いい?」
「何が……?」
「セックス。あんたが誘ったんだから」
言ってはすでに固くなったソレが安田の腹に押し付けられた。チェック柄のトランクスを隔てた上から、制服越しに隆起した熱を主張していた。しかしそれでも抵抗しない、声すら出さない安田には洋平も眉を顰めていた。
「安田さん、わかんねーの? コレ」
洋平は疎ましげに熱した先端で突ついてみるが、ただ口をパクパクするだけの安田に果たして意味は通じているのか。今の状況がわかっているのか。この先何が起こるかがわかっているのだろうか。
僅かに身を離れ顔を背けば、安田が漸く声を発した。
「洋平くん、僕さっぱりわかんないよ。一体どうしちゃったの洋平くん?」
仮にも年下を案ずる彼は、自らの貞操の危機よりずっと後輩の変貌ぶりを案じていたようだ。いつもは頼もしい後輩が、今もバスケ部を支えてくれる仲間が、洋平くんと、今は気安く呼べる存在が…………濁り出す小さな瞳の奥に、あの日の正義の味方が今も優しく微笑んでいた。
「ハァ…………、ったく」
片手で後頭部を掻いた洋平は深い溜息を吐く。そして俄然、安田の耳に舌を這わせる。忽ち声を失う安田を留めるべく抱き寄せ、首筋にキス。薄い腹筋が貼り付いた脇腹に掌を滑らせる。
実はこの時、同性相手にこのような真似をするのは洋平も初めてだった。全てはつい先程、足下で懇願する半裸の安田によって引き起こされてしまったのだ。普段は冷静な洋平が、とても理性だけで抑えきれない程の興奮を安田が与えてしまった。
そんな安田は金縛りにあったように動くことができないでいる。今再び耳を這う生暖かい湿りに肩は震え呼吸も途絶え、まるで意思のない人形のように爪先まで硬直させている。洋平はその姿を「可愛い……」と愛で、そして、露出したままの胸の突起をきゅうと抓り上げた。
「―――─――っっ!!!!」
突然の甚振りに声まで絞め付けられた安田だが、おかげで金縛りが解けたようだ。胸元にある凶器の指先を、その腕を掴んで反発した。
「い、痛いよ洋平くん! ちょっと、僕もう部活行かなきゃ」
そうキャンキャン吠える唇を洋平がキスで塞ぐと、今度は捻って抓り上げる。
「…………!!!」
一気に歪んだ表情で訴える痛みは、今はキスの内側にしか響かない。
洋平は安田の下半身へと右手を滑らせると、たった一枚の布切れを、その門を容易く開けた。さっそく出迎えた安田のソレはなんとすでに熱を発していて、洋平は口付けを離れると同時にニヤリ。
「安田さん、今のよかったの?」
「えっ? あ……ンっ…………」
依然として困惑に満ちた安田にはまだその自覚はないのだろう。それでも触れられて反応を示したことは確かで、今日洋平が覚醒したのと同様に、安田もまた何かに目覚めてしまったようだ。少し痛いくらいの刺激で覚えたマゾヒズムな欲望の熱に、今、サディズムな掌が優しい愛撫を施した。




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