ハリネズミ 3

今日も暇人は無意味に集う。こんなに天気がいいというのに、午前中はクーラーの効いたパチンコで過ごし、午後は儲かった金をゲーセンで使い果たす。不健康に若さを持て余している。手前の画面で健康をフルに活かすダルシムを操作しながら、俺はただ、昨日を反省していた。
一体何やっちまったんだか。今更こっぱずかしくて顔が赤くなる。ミッチーも相当キレちまっただろうし、暫く体育館に行くのはよそう、と弱気になればダルシムも倒れていた。
「どーした忠? 負けてんじゃねーか」
「さっきからボーッとしてるぞ」
両隣でゲームする大楠と高宮から突っ込まれ、後ろからは突如、急激な冷たさが片頬に触れる。
「な、なんだ!?」
振り向けば洋平がいて、頬に当てられた缶コーヒーが手渡された。
「昨日、なんかあったか?」
洋平には早くも図星を突かれてしまった。否定もできず、溜息を漏らしつつ俺は素直に零す。
「ミッチーのヤツすぐ怒っから、ちっとからかい過ぎちまってよ」
あそこまでする気はなかったのに、イジメの加害者になったようでどうも気が病む。悪魔は愉しみを齎すが、人間のすることの境界線が見えない。だから悪魔なんだ。
「ああ見えて繊細だからな。ミッチーは」
「一度崩したプライドを二度は崩せねーさ」
両隣に宥められ、後ろからは当然の行動を促された。
「じゃあこれから体育館行って、直接頭下げりゃあいーだろ? ポカリでも持ってってやりゃ大丈夫だって。なんなら一発ぐらい殴らしてやれよ。暫くいい子ちゃんやってんだから、相当ストレス溜まってっぜ?」
「ああ……」
洋平の懐の深さにはぐうの音も出ねぇ。やっぱり俺は、洋平には敵わねぇんだって、抱いた敗北感は寧ろ清々しい。誇らしくすらある。この見えない線引きは、セクハラまがいでおっぱい揉んだだけの俺には、いや、仮に童貞を脱したとしても越えられない気がした。
何故か――――答えはわかってた。それは確かに俺の口から言った。昨日、自らミッチーに説いていた。
一人出向いた館内では今日も部員が汗を流していて、皆夏休みを有意義に過ごしてる。青春を謳歌してる。そして一際精を出すミッチーを映し出す、部員たちの瞳には確かな羨望が宿っていた。……つまり、そういうことだ。
暇潰しにちょっかい出すだけの俺に比べりゃ、そいつは今ひとつ大人になりきれないだけで、プライドがデケェだけで、ちゃんと大人への道を踏みしめてる。
……わかってた。わかってたはずなのに、俺は一体何を勘違いしたんだろ? なんで勘違いしたんだろ?
きっと隙を見せられたからだ。隙があったから、悪魔はそこに入り込もうとした。宥めるふりして入り込んで、悪さしようとした。ついでにそいつの中の悪魔を喚び醒まして、同じ悪魔に安堵を見出し、自分自身から目を逸らそうとした。つまり悪魔はガキなんだ。悪魔は俺なんだ。
しかしミッチーの悪魔が顔を出すことはなかった。上手く入り込もうにも、俺の悪魔に勘付くのかすぐに針を尖らせるからだ。きっと、一度は封じた悪魔を二度と喚び醒まさないように、喚び起こされないように、反省と後悔で塗り固めたその上に無数の針を纏ってるのだ。
俺はミッチーに謝った。そしたらあっさり受け流された。
「別に怒ってねーよ」
すぐに背中を向けられちまい、ポカリすら貰ってくんなかった。
そこにぞろぞろとアイツらがやってきて、まるで女の子に振られた俺を、それぞれの悪魔と共に宥めてくれた。
「ま、あれでも一応先輩だし、気にしねーよ。大丈夫だって」
「ホントに? チューしても?」
「は? 忠マジかよ!?」
「忠のチュー、最悪じゃねーか。洒落になってっけどなんねーぞ!」
「忠とっとけ。二千円やる」
「俺もやる。えっと……五百円な」
そして帰路に就きながら、やはり今日も無駄な時間を過ごしたことに気付き、反省のない後悔を呟いた。
「なあ、俺たちも早く見つけよーぜ? 自分の何か」
「おめーもな」
「おめーがだ」
「おめーだよ」
「おめーもさ」
きっと来年もこの調子だから、せめて卒業までには見つけようと思う。そうすることで、いつか悪魔を追い出せる気がする。そう……
「洋平もな」
今度の事の発端は洋平の悪魔だ。





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