犬猿の鎖-happy 10 |
あの日と同じだ。轟々と燃える壁、陳列された釣り具、低い天井………… 「か、火事じゃねぇか!」 すでに出口がわからなかった。気付いた仙道もすぐ離れてくれたが、こうもそこら中に火が回っては逃げようがない。四方八方から迫りくる熱と炎と煙に追い込まれ、間もなく建物の崩れ落ちる音。 今日こそ人生が終わることを確信した。こんな不幸な人生なら寧ろ終わるべきなのだろう。一つだけ、サクラギが戻ってくるのを待ってやれなかったことだけが心残りだ。 すると唸る炎の向こうでまた、バチバチゴロゴロと崩れる音がする。外からも崩壊が始まったようだ……いや、それにしては不自然な音。まるでそう、外から誰かが壁を壊しているような………… 「サクラギ――――!!」 今、水をかぶり飛び込んできたサクラギが崩れた壁の手前に立っていた。炎を潜り抜けては透かさず俺の腕を掴み、力いっぱい引き摺って俺を外へと連れ出してくれた。 そのまま、一息吐く間も安心する間もなく二人でただひたすら逃げた。メンバーどころじゃない。これ以上の災難はもう勘弁だと、互いに無言のままこの町を走り去った。 ――――あれから一月後。俺達はその日暮らしの肉体労働で汗を流す日々を送っていた。まだまだ金も家もないが、サクラギの服も買ってあげられただけでも充分幸せだった。 結局、水戸らで旧メンバーを探し出すことは出来なかったのだろう。狼球会の復活を二度と聞くことはなく、首輪もない、狼球会とも関わりのない平穏な日々。夜は流川の車を寝床に、このまま二人でやっていこうと誓った。 ……あの日、釣具店に火を放ったのはまたしてもサクラギだった。仙道の顔を見た瞬間店を飛び出した理由は、「仙道は一軍だから」というその辺は事情は今もよくわからないが、こうして無事でいられるのもサクラギのおかげ。何かと火を放つのは問題かもしれないが、それでも二度、俺を助け出してくれた俺の特別で大切な男………… そんなサクラギの名前も知った。今日も流川の車で、その助手席に座るサクラギのその名前を呼んでやる。 「花道……」 一声ですっと擦り寄ってくる花道はいつも可愛らしい。額を擦り付けながらも甘える花道が、無数の口付けで俺にキスを強請る花道が今は俺の全てだった。あれから全てを失ってしまったわけだが、今はそれにも代え難い大切なものを手に入れた。きっとそれは、見えない鎖で繋がっている。泥に塗れる毎日の中でいつもそう感じていた。 そして、久々の休日である今日は二人でバスケを楽しんだ。本当は休んでる暇があれば少しでも仕事をすべきだが、今日の見事なまでの快晴はまるでバスケ日和といったところ。 公園にあった、運良く誰かが忘れていったであろうボールを拝借した。リングに吸い込まれるようにして、俺は一本を確実に決めた。 怪我のブランクは否定できないものの、あまり衰えていない自らのシュートに多少上機嫌になった上、花道のダンクも豪快でなかなか頼もしかった。もし俺たちがあのままメンバーを結成して試合に臨めていたら……狼球会一軍とまではいかないが、それなりの成績は残せていた気がする。今となっては夢物語だが、それが今日、なんと現実となってしまったのだ―――― 「あの……」 バスケに暮れる俺たちに後ろから声がかかる。振り返れば、そこにいた三人組には確かに見覚えがあった。 人形のように綺麗な顔をした茶髪の男、長身で黒縁眼鏡の男は確か…… 「フジマとハナガタと、あと……」 あと一人は覚えてないが、オールアップのこの男もあのバスケコートいた気がする。いつか、問答無用で俺の尻を叩いてきた緑ジャージの連中だ。 フジマが言った。 「それ、ボール……」 フジマらの物だったらしく、俺はそれを返した。 「ああ、悪かった、少し借りた」 「いいんです。どうせですから、よかったらご一緒しませんか?」 ……意外だった。実はこの時、俺はまた尻を叩かれるのではないかと嫌な汗をかいたものだが、爽やかに俺たちに誘ったフジマは以前と比べて自然体だった。他のメンバーが浮かべる笑みも人間味があり、俺があの町で見た男らとは別人のような気さえした。 程なく始まった五人でやるバスケは和気藹々としながら真剣にゴールを狙う、勝つために汗をかくバスケがやはり、楽しかった。何より今初めて組んだことが俄かには信じられない程、適したポジションへ見事に分担されていたことに驚いた。まるで、今頃メンバーが揃ったような感覚だった。 飽くことなくバスケに暮れ、気付けば日も傾きだしたことでバスケを終えようとした頃だ。フジマがここにいる事情を明かしてきた。 「実は、元狼球会メンバーは再びあの町を出たんです」 そう言うと、フジマら三人の後ろからぞろぞろとメンバーが顔を出してきた。いずれもあの日俺の尻を叩きまくった連中だが、心なしかフジマらと同様、皆自然体に見える。 続くフジマの話によれば、あの日俺の尻を叩いたのは余所者の俺をあの町から追い返すため。あまりある人数で情報網を張った彼らは水戸らの策略に、余所者を一軍の犬としてあてがうという事実を知っていた。そして自分らの居場所も近々特定されることを恐れ、あの町を出てきたとの経緯だ。 「あの町にいると、いつも監視を受けていた日々を嫌でも思い出して、なんだか気が変になるんですよ。みんな……」 しかし今はどうだろう。花道と同様、あの町を抜けたというだけで極正常な人間性が笑顔で体言されている。きっと管理される生活から逃れたばかりで戸惑いも大きかったのだろう。それでも外の空気に、一般社会に触れなきゃならない状況で徐々に歪みが矯正されたようだ。今はその社会で受けるストレスをバスケで解消していたらしい。それなら……と思った俺の考えは実に安直かもしれないが、俺はずっと夢見ていた。再び、バスケに返り咲くこと………… 「よし、狼球会改め新チームの旗揚げだ!」 豪語する俺に皆が賛同。やがて、それは現実となった。 やはり怪我のブランクが拭えなかった俺は試合に立つことは叶わなかったものの、それでもチームを司る上役として、代表として、メンバーの体調やストレスに何より気を配った。花道藤真花形をメインに組んだチームはみるみるその実力を発揮し、今や過去の狼球会に並ぶ人気を得ている。 水戸の言う通り『一に顔、二に実力』の潮流は健在だが、俺は全くそこを意識しないながらも藤真の顔は確かに金を産んだ。しかしそこを突いたビジネスをしなければ時代は徐々に変わっていった。 「顔がどうこうじゃない、気持ちなんだ。諦めたらそこで終わりだってこと、忘れないでほしい」 このチームを結成するに至った一連の騒動で得た教訓。俺がメンバーに説くことでそれがメンバーの意志となり、明日の勝利に通ずる。そして諦めかけた俺を二度も助けてくれた花道が今日も隣にいる。広いダブルベッドの上で二人並び、バスケの話をして眠る。 「……っておい、花道寝るな! まだ夜は始まったばかりだろ!」 それでも練習で疲れ果て泥のように眠りたい花道を俺は優しく起こそうとする。うつ伏せの上に重なり両手をそっと忍ばせる、熱愛に満ち溢れた俺は花道のストレスを気にかけない、チーム代表失格だ。 「なあ、花道ぃ……」 |
―end.― |
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