犬猿の鎖-bad 10

突然店の扉が開き、ぞろぞろと店内に入り込んで来たのは水戸。いつかのバック三人と、そして全身に包帯を巻いた流川を引き連れていたのだ。更にもう一人…………
「サ、サクラギ――――!」
……いや、それは以前出会った時の猿だった。すでに新しい首輪を嵌められ、そこに繋がれた鎖はしっかりと流川の手に握られていたのだ。そう、また流川に捕まってしまった……
「嘘だろぉ…………」
床に嘆き崩れる俺を無視して、悠長に煙草を咥えた水戸が仙道に声をかける。
「仙道、どうだ?」
「ええ、すごく気に入りました」
「それなら先にお前に差し出すんだったなぁ。余計な手間掛かっちまった。大体お前、大人しいのがいいっつってたじゃねぇか」
「最初は大人しいのがよかったけど、見たら気に入りました。コレにします」
コレ、というのは今透かさず仙道の手に捕らわれた、ずばり俺のことだった。
水戸がバックの三人に顎で合図をすると、へい、と応えた三人が仙道に代わり俺を取り押さえ、そして俺の抵抗空しく鎖のついた首輪を嵌められてしまった。
「おい、やめてくれよ。何の真似だよこれ、なあ、おい水戸さんよぉ……!」
これではまるでサクラギと、あの五人と同じじゃねぇか……
「なあ水戸さん、なんとか言ってくれよ、なんか言えよおい!!」
俺がどんなに訴えようと水戸は俺に見向きもせず、狼球会
「よし、これで一軍の犬は全て確保したな。流川はサクラギでいいのか?」
「犬じゃねぇ。俺のは猿だ。もう離さねぇ」
「はっ、どうでもいーけどよ。サクラギを使えないのは惜しいが、今は一軍が優先だからな」
一軍とは、きっとあの首筋にあった数字を指すのだろう。流川に仙道、他にも牧や沢北といった名を聞いたことがある。
そしてサクラギを使えないということは、サクラギは今後バスケも出来ず、ずっと流川の猿としか生きていけないということか……
先程から、サクラギが俺の目を見てくれるのを待っては何度も視線を放つわけだが、終始俯くサクラギと一向に目が合うことはない。一度は生涯を誓った二人が今は互いに首輪を嵌められ、別々に捕らわれている。サクラギは流川の、俺は仙道の下でこれから同じ運命を別々に辿るのだ。もう何がなんだかさっぱりワケがわからず、俺の頬に雫が伝った。
一同が会す最後の場所、この釣具店で、水戸が声高に豪語した。
「よし、狼球会の復活だ!」
メンバーハンティングが完了し、水戸のプロジェクトは成功したのだった。



――――あれから一月後。スポーツ番組では今や連日のように狼球会の文字が踊る。俺はそれを、広いリビングの中央にある無駄に大きなテレビで見ていた。……いや、呆然と眺めていた。裸で、首に首輪を繋がれたまま……………
生活は以前と比べ裕福なものになった。テーブルにあるタブレットを使えばいつでも食事を注文でき、飢えることはない。買い与えられた漫画は読み放題、酒も飲み放題。毎日顔を出すメイドが室内の世話をしてくれることから、俺がどんなに食い散らかそうとゴミが溜まることもない。働かずにこの生活が手に入るのならどれだけ幸せかと以前はどれだけ思ったことか。この環境に満足しない俺はなんと贅沢な人間か……だって、仕方ないだろう。
あれからずっと、いつどんな時でも俺はサクラギを想っている。偶には外出できているのか、バスケさせてもらえているのか、虐められていないか、変なことばかり躾けられていないか、ずっとずっと心配だった。
――何故ならそう、俺もまた同じ境遇にあるからだ。
夕方六時、玄関のドアが開く。
「ただいまー」
あの陵南釣具店で初めて聞いた太い声を今は毎日聞いている。
「ミッチー、ちゃんとお出迎えしなきゃダメって言っただろ?」
早速リビングに顔を出した仙道、もといご主人様の声を無視する俺もまた、毎日のように尋ねていた。
「なあ、サクラギは元気なのか?」
「そうじゃないだろミッチー。まずはおかえりのキスだろ? 今日はご飯抜きにしちゃうよ」
そうやっていつもはぐらかされてきたわけだが、今日という今日は答えるまで問い詰めたい、そんな気分だった。
「サクラギは元気なのか?」
「それは知らないよ」
「答えろよ、元は同じ狼球会のメンバーだろ? なんなら流川に聞いてくれよ! あいつが心配で俺、ちっとも寝れねーんだよ!」
「そんなこと言ったって、流川の独占欲には俺も敵わないところがあるからね。同じベストメンバーといっても流川はあの性格だし、プライベートは詮索されたくないだろうよ」
流川のあの性格、でどことなく納得すると同時に落胆する。
「じゃあ、サクラギに直接会わせてくれよ」
「それは流川が許さないと思うよ。流川からしたら君は桜木を誘拐して連れまわした犯人なんだから」
「それなら自分で会いに行くから、早くここから出してくれよ! もういらねぇよこんな漫画も飯も全部いらねーから、早く俺を捨ててくれよ!」
「残念だけど、それは無理。君も以前の桜木ぐらいに従順になれば、そうだな……釣りぐらいなら同行させてもいいんだけど」
玄関までは届かない鎖の所為で、例え玄関が開けっ放しだとしても俺は自由にここから出られない。贅沢な暮らしとの代償に、俺は自由を失った。
「……クソッ、そもそもなんで俺やサクラギは、こんな目に遭わなきゃなんねぇんだ……」
狼球会を恨むべきか、自身の運命を憎むべきかもわからずとうとう床に突っ伏した俺は、いっそ泣き出しそうだった。
そんな俺を憐れんでなのか、狼球会解散後から今に至る事の裏側が仙道の口から明かされた。何故俺やサクラギがこのような目に遭わなければならないのか――
「それはね、流川がまるで、皆に見せ付けるようにサクラギを連れて歩いてたからだよ。みんな羨ましくなっちゃって。それでメンバー復帰を条件に水戸さんらが探し回ってくれたんだ。一軍の俺らは優先的に犬が与えられたってわけ」
「な………………」
体育館崩壊後、一人だけ逃げずに狼球会のメンバーとしてあの町に留まっていた流川が、町に出戻ったサクラギを手籠めにし、首輪を付けて連れて歩いた。その結果、それは同様に出戻ったメンバーの目に留まり、皆がそれを欲しがったことから水戸のプロジェクトが開始したのだ。狼球会復帰を拒むメンバーに対し、連れて歩けるペットが与えられることを条件に復帰が促された。メンバーハンティングとは、即ちそういうことだった。俺は虫のいい話を真に受けた餌としてこの町に放流されたのだ。そして、まんまと仙道の餌食となってしまった。
目の前が一瞬にして真っ白になった。俺は今、狼球会に釣られた犬だ。裸で首輪を繋がれた俺は犬以外の何でもないのだ。もう、涙も出なかった。
気付けば仙道の唇が俺の唇に触れていた。いつもなら物を投げ付けてでも抵抗するが、真相を知った、初めから騙されていたと知った今日はショックで何も出来ない。声も出ない。
調子に乗った仙道は更に俺の身体を撫で回しながら、俺の耳元に不気味な言葉を囁いてくれた。
「ミッチー今日は素直だね。ああ可愛いよミッチー。やっと俺を気に入ってくれたんだね? あはは、やっと受け入れてくれるんだね? もういっぱい、可愛がってあげるからね……」
俺の人生は終わった……――――
胸に、尻に悍ましい違和感が伝っていった。






―end.―

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