鼻を突く甘過ぎる香りで安田は目を覚ました。徐々に視界を広げながら、起き上がってはまず目を見開くと、明らかに昨夜はなかった物体が景色を大きく阻んでいた。
「な……ななな何なのこれ…………」
「あ、起きたの?」
声がしたのは、すでに日光を迎える奥のソファからだ。その隣に、なんと一メートルはあろうチョコレートの噴水、所謂チョコレートファウンテンがキャスター付きの台に乗っていた。
「な……な、なんで……?」
「ああ、ルームサービス」
何でもなく言ってくれる彼はあの水戸洋平で、ここは朝九時のラブホテルだ。そこにオブジェの如く流れ続けるチョコレートファウンテン………………。それはどんな目覚ましより効果を発した。
安田はトランクス一枚のままベッドを出ると、若干痛む腰を押さえながら洋平のいるソファに歩み寄る。
「バイト代結構貯まったからさ」
横向きに寝転がる彼は頭を支えた姿で、のんびりと朝のワイドショーを見ていた。それはすぐに起き上がり、「それよりさ……」と安田の腕を引き寄せた。
更に後頭部を押さえられた安田が、強引に位置付けられたのは洋平の脚の間。ずらされたトランクスからは半勃ちのソレが顔を出し、安田は程なく対面する。
「安田さん起きんの遅いよ」
不満を告げる早起きな彼のソレを、安田は黙って口にした。朝一番にこんなモノを口にするとは……。軽く頭を押さえられたまま、丁寧に前後させ吸い込むよう、ムクムクと反り勃つ過程を口内に捉える。
肘掛に頬杖をついた彼は、安田の後ろの画面に無気力な目をやったまま、ナレーターの読み上げる芸能人の離婚話に聞き入っていた。それは浮気した女性について、当たり障りないコメントを挟み手短に纏められた。
「最低だよね、浮気する人って」
淡々と言う頭上の声はその本心が疑わしいところだが、ふと油断したところで咄嗟に安田の頭が押さえ付けられる。すると瞬く間に喉奥へ噴射された熱いタンパク質。思わぬ不意打ちに、安田は一気に飲み込んだもののついむせってしまった。
喉に残る慣れない苦味にゲホゲホと咳き込めば、「行ってきな」とうがいの許しを得る。ついでにシャワーを浴び浴室を出ると、ベッドに腰掛けた彼が勝手に卒業アルバムを開いていた。
「ここ昼までだから、面倒だから着替えないで」
……と、今まさにトランクスに手を掛けた安田に声がかかる。
「あ、うん……」
安田はざっと全身を拭ったタオルをとりあえず手に、それでさり気なく前を隠し、ページを捲る洋平の隣に腰掛けた。
「僕もまだ見てないんだ」
そう言って覗き込んだのはアルバムではなく、いつか制作中を邪魔した例のランキングのページだった。
「あ、これ……」と発した安田はなんと一位にランクインしていたのだ。
「はは、花道が二位かよ。まあ当たってるか」
ニヤニヤと意味深長な笑みを浮かべる、洋平の手にあるのは三年十組の思い出。……とは名ばかりの女子の遊びだ。そのランキングの名目は、『男色気あるかも? な湘北男子』とある。
「男色……って………………え?」
それは、もしかすると童貞以上の汚名かもしれない……。
カーテンから朝の零れるベッドの上で、巧みな手指に身体を弄られる中、仰ぎ見た鏡の中の不健全な自分自身へ、安田は疑問を投げかけた。
「なんで………………?」
……なぜ男色なのか。洋平との関係はもちろん誰にも漏らしていない。周りが知るのは藤井とのほんの一時期のみで、別れた理由こそ巧く言葉を濁してきた。潮崎にも角田にもリョータにも口を割っていないのに、偶に話すだけの女子らが一体何を知るというのか。
「なんでって?」と顔を上げた洋平は、徐にベッドを出て行った。
「僕もだけど、桜木が二位ってどういうこと……?」
安田が天井を仰いだままで難しく理由を考えていると、その返事は部屋の奥で缶コーヒーを飲み干す彼から。
「だって花道、りょーちん卒業しちゃうの寂しいって泣くからさ。宮城さんには俺から教えといてやったの。花道があんたに惚れてるって」
「え? それだけで……? でも、僕は……?」
そこにすぐ戻ってきた洋平が再び上へ跨り、早速ソレを撫でてくる。
「あれ………………?」
乾いた手の感触とは違う、温かな液体を垂らされた気がした。
不安に感じた安田は後ろに肘を着き、上体を起こし透かさず下の方を覗き込んだ。
「な、何してんの………………」
今、漂う甘い香りにトロリと包まれているのは安田自身のソレだ。液状のチョコが非ぬ場所に塗布されていた。決して熱いわけでもなく、すでに反応を見せるソレに言い訳など出来ないが、食べ物を身体に塗るという行為そのものは如何なものか……。
「いやぁ、さすが女子だ」
呆然とする安田を気にかけることなく、なぜか女子を讃える洋平は身を屈め、握った安田の先にそっと舌先を伸ばした。同時にビクッと跳ねた自身のチョコがけに、安田は言葉を返せなかった。
「あ、俺チョコ嫌い」
塗るだけ塗って舌を滑らせた後でそんなことを言う彼は、実に最低な後輩だと思う。今更ながら顧みれば、悪気ない素振りでよく酷いことをしてくれたものだ。いつかの部室でも、トイレでも、そして半年のお預けも、桜木にだって…………
「…………え? まさか洋平くんが!?」
一瞬にしてさあっと血の気が引いた安田は咄嗟に上体を起こした。まさか洋平がこの関係をばらしたというのか……。
洋平は根本を握り締めたまま、淡々と応えてくれた。
「安田さんわかんないからさ。俺女の子に吹き込んどいたの。安田さんに俺のケツ狙われて困ってるって」
「な、何それ……?」
逆じゃないかと、呆気に取られる安田の尻にはすぐにチョコが塗り込まれた。
「結界を張ったわけ。安田さんに誰も触れないようにね。藤井さんにもさ……」
そのままズブズブと指が挿入され、脚を大きく押し広げられると、洋平のソレがいよいよ侵入してくる。
朝からチョコを潤滑剤代わりにして打ち付けられる、男色を否定出来ない安田自身の姿を天井に見た。
「はぁっ、ぅあっ、あぁ……」
……女子は光速の連絡網を持つという。安田は漸くあの手紙の意味を、そしてランキング一位の立場を身を持って理解した。
「あ、安田さんハッピーバースデー」
まるで今思い出したように、腰を沈めながら棒読みで彼が祝ってくれる。
何かと酷い年下の恋人には少しばかりムッとして、安田はそれらしく挑発の声を上げた。
「はぁっ、洋……くぅ………………もっと、もっと虐めて……」
すると忽ち目の色を変えた洋平を見て、安田はニヤリほくそ笑んだ。
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