どうして……


木枯らしも静かな朝を車で抜き去り、コートを脱ぎつつ棋院に足を踏み入れると、そこに掲げられた対戦表を見て初めて知った。
「佐為、ここには今日進藤も来るそうだ」
「えっ? 本当ですか?」
「次の本因坊二次予選だ。階数は別だが、顔ぐらいは見られるだろ」
「ええ。ええ。楽しみです」
しかし今日の俺に進藤のことを気に掛ける余裕はあるだろうか。同じ塔矢門下同士の対決として注目を浴びる一局、今の所負けなしとなれば尚更、他の手合いより負けが許されない。弟弟子に初の一敗を食らうわけにはいかないと、改めてプレッシャーを噛み締めた。
対局所にはすでに今日の相手が居るようだが、俺はそこからすぐの隅の喫煙所に立ち寄った。一人ベンチに腰掛け、一服しつつ隣の相棒に話しかけた。
「佐為も、アキラとは何度か打ったわけだな」
「ええ。ヒカルとして数度、ネット碁では一度。今はもっと磨きが掛かったことでしょう。しかし、貴方はもう彼の力を知り尽くしているのでは?」
「ああ。きっと塔矢先生の次に多く打ってやっただろう。……まァ、いつかはこの日がくるとわかっていたはずだが、いざきてみると、早かったような遅かったような」
……と、まだまだ残る煙草をスタンド灰皿に押し潰し、時を見てやおら立ち上がった。
室内に一歩踏み入れ、覗き込めば、すでに今日の相手が座って待っていた。緊張も馴れ合いもない凛とした眼差しで俺を真っ直ぐに見上げていた。
「おはようございます。緒方さん」
「おはよう」
席に着くなり、俺の傍に寄った佐為がこんなことを言ってきた。
「今日、ヒカルのことは結構ですから」
言ってはすぐ後ろに下がってしまった。きっと佐為も察したのだろう。このアキラの気迫を、うっかり舐めてかかれば負けると、アキラの実力を知った上で今俺に向けるアキラの目を見て、今日の我儘を取り下げるに至ったのだろう。つまり、下手を打てば負けるとそう佐為も思っているわけだ。なるほど……。それならいっそ、負けるわけにはいかない。
第五十七期、本因坊リーグ第五戦が始まった――。

控え室の隅で昼食を、店屋物をとっていると、ぞろぞろと他の対局者も入ってきた。その中に今日の進藤の相手を見つければ、佐為が先に声を上げた。
「あ、あの者は……!」
「知ってるのか?」
「確か、森下先生ですよね? 研究会の先生でした」
「そうか。進藤は森下先生の所に通ってるんだったな。戦況が気になるところだが……」
「いえ、結構です。今日は貴方の手合いに集中しましょう」
確かに、今はアキラに良い感触を与えてしまってる。こうして佐為も遠慮するほどらしくない出だしだった。少し慎重過ぎたことを反省していたところだ。だが午後はこうはいかない。
気を落ち着かせるべく食後の一服をしていると、他の関係者から森下先生へと話が飛んだ。彼は進藤の腕を認めた上で、だが……とこう話していた。
「アイツは勝負の場での俺を知らん。その辺が勝敗を左右することになれば……」
勝負の場での俺を知らん――――か。
たった今、先にこの場を去った森下先生に、きっと同じプレッシャーを背負った背中に一言礼を言いたい気分だ。午後のスタート前、とてもいいタイミングで俺を奮起させてくれた。
「さて、俺も行くか」
吸いさしを潰し、白の背広を整えた俺は、先に座って相手を待つとした。出鼻を挫こうと思案している最中にアキラは早くも入室、俺の前に対座する。早速石を手にしては、例え俺が相手でも負ける気など更々ないと、その殊勝な顔付きが言っている。しかし彼は知らないだろう。勝負の場でのこの俺を――――。
いざ、ここぞと打ったハネ出しに相手はまんまと狼狽えた。私の背後にいた佐為も感心したのか、気付けば身を乗り出し、盤上の行く末を二人の間に立って見つめていた。忽ち追い詰められるアキラの焦りを、困惑を、それでも負けない踏ん張りを保護者のように見守っていた。きっと進藤の次に気に掛けていたはずだ。進藤はアキラのために、アキラは進藤のために存在するのだから――。しかし俺は更にその上を行く存在として、相手が塔矢先生であれその息子であれ、勝負の場に恩や情といった私情は持ち込まない。完膚なきまで打ちのめすまでだ。一気に荒らしてやる――――。

「ありません……」
完膚なきまで、とは言ったが決して容易くはなかった。まるで俺の性格を継いだような、どこまでも粘り切るアキラの意地に押されたが、結果はその顔にある。鼻息荒く盤上を睨めつける、不満を詰め込んだその顔をアキラは上げることすら出来ずにいた。
そこにぞろぞろと記者が詰め掛け、早速ペンが取られた。兄弟子の前に敗れた有望な弟弟子を如何に慰めるか、すでに用意された言葉が並ぶ。……が、そうじゃないだろう?
「のまれてなどいないよ彼は」
佐為も見ていただろう? と背中に問いかければ即答で「ええ」と返ってくる。
「彼の精神力はすでに子供の域を超えています。塔矢名人に加え、他の誰でもない、貴方を見て育ったのですから」
キッと俺を射す横目がより一層誇らしい。やはり……佐為だ。思わず笑いたくなるほど、どこぞの記者より優秀だ。俺のこともアキラのことも看破してる。それは俺とて同じことで、知らない記者らにこの塔矢アキラという人物を説いてやった。同時に、苛立ちもした。
「おまえは俺より下だ」
吐き出すように言い捨ててからも、何故そんなことを口走ったのかがわからない。やけに顔が熱く、周囲の唖然とした顔に並び佐為の動揺まで伝わってきた。
ピシッと固まってしまった空気が居た堪れなくなり、俺は涼しい顔を貼り付けこの場を去った。
「では、お先に」
俺が部屋を去っても尚、誰一人声を発さなかった。

帰宅してすぐ酒を煽った。閉めっぱなしのカーテンはそのまま、ジャケットを脱ぎ捨てネクタイを緩め、キッチンの棚から部屋に持ち込んだのはスコッチウイスキーだ。外の電飾の明かりが僅かに入り込むだけの薄闇の中、ベッドの縁に腰掛け、氷のないグラスに手酌するとすぐ喉に流し込んだ。
やけに疲れた。正直、アキラにあそこまで追い詰められるとは思っていなかった。少し見ぬ間にあれほど成長してしまう、これだから子供は怖い。決して油断したわけではないが、ヒヤリとさせられる度、白と黒が啀み合う度に異様なストレスを感じた。だから勝ちを?ぎ取った後も意地を張らずにいられなかったというのか……。
「クソッ!」
上の連中より下からくる連中の方が怖い。同じ思いを抱いてる棋士がどれだけいることか。
しかし今日も勝ち星を飾ったことで残るは三局、一柳倉田座間との対戦を控えているが、自信はある。今度の挑戦者も間違いなく俺だ。……とまた一杯を注げば、俺の背中にはいつの間にやら佐為がいた。そういえば、対局を終えてからここに帰るまですっかりその存在を忘れていた。
「お疲れですね」
佐為はそう言って、俺の両肩に両手を置くと、そのまま肩揉みの真似事をした。その身があれば今頃いい感じに筋が解れていくわけだが、当然なにも感じない。
「すまないな佐為」
「いえ」
「進藤にも会わせてやれなかった」
「大丈夫です。また機会はあるでしょう」
そんな会話を交わす間も手を休めず、佐為は俺の肩を揉み解す。そんなことしたって何も……とは、言うだけ野暮な気がした。
そこに鳴り響いた着信音は、ドアの前で床に放った鞄の中からだ。立ち上がって取った鞄から携帯を取り出すと、表示された発信元を見て、また鞄に戻した。
「出なくていいんですか?」
ああ。とベッドに戻り、今一度酒を煽る。まだ苛立ちが消えたわけじゃないから、碁も知らない、今日の対局すら知らない人間とは語る気にもなれない。つまりまだ酒が足りないと三杯目をなみなみ注いだ。加えてもう一つ足りないと感じ、寂しさを覚えたのは唇と右手だった。しかしまた立ち上がる気もしないのは、今はそこまで欲してないのだろう。そういえば、最近減ったな……。以前は一日二箱は消費していた。今日は一箱も吸っていない。さてなんで減ったのか……と見回してみて、目に留まったのは佐為の黒髪だ。どんなシャンプーのCMにも敵わない演出が正にすぐ後ろにある。
「どうしました?」
そう首を傾げた瞬間の揺らめきがまた白檀の香を放ち、ストンと重力に倣うまでが一つの誘惑となる。そんな美しいぬばたまの髪に臭いをつけたくないのかもしれない。臭いなど付くはずもないのに、いつもチラチラと視界に入っては無意識に焦がれている。いつか触れてみたい、気付けばそんなことを考えていた。
「はっ、酔ってるな……」
顔が熱く、瞼が重くなってきた。薄目でみた視界は歪み、鉛の詰まったような頭も今日はそのまま休ませようと思う。
手前のデスクにグラスを置いた俺は眼鏡とネクタイだけを外し、電気を消すと、仰向けにベッドに倒れた。そのまま布団を被った。
「着替えはよろしいのですか?」
「ああ、いい」
思えばベルトも外してないが、今日はこのまま寝付きたい。酔いと微睡みの内にストンと眠りの淵に落ちたい。しかし眠気があってこれだけ頭も重いというのに、すんなり寝付けないのは何故か。もう瞼も開かないのに、寝返りを打っても寝相を変えても頭だけが休まらない。きっとまだ、今日の対局が苛々に留まり吐き出せないでいる。
「なあ佐為……」
「はい?」
佐為と適当な会話を交わせば時機に眠れると思い、話しかけたが、さて何を話そうか。佐為と何を……佐為と…………ああ、そうだ。
「この先、もし俺に子供が産まれたら名前を佐為にしよう」
「私の名ですか?」
「ああ」
「また何故に?」
なんで……そうだな……。
「響きも綺麗だし、お前のように上品で賢い人間になってほしい」
「けどそれなら早くしませんと」
それは年齢のことを言っているのかと、デリカシーのない幽霊にムッとしたら急速に眠気が失せてしまった。上体を起こした俺はせめてベルトを外し、脱いだズボンを壁のハンガーに掛けると、ベッドの端に座る佐為に現代社会を説いてやったつもりだ。
「今は晩婚化少子化といって、皆が皆結婚するわけでもなければ子も必ず設けるものでもない」
「そんな……ではいくら碁が広まったとしても、あまり未来は期待出来そうにないのですね」
「そのために佐為が俺に憑いたわけでもないだろうしな」
今一度横になりつつ布団を被ると、俺のすぐ手前に座る佐為は顔を赤くしていた。
「そんな馬鹿な、私は何のお役にも立てませんよ」
「そうだな。幽霊が子作りなんて聞いたことない。じゃあ、なんだろな……」
「さあ、何でしょう……」
今日もまた、この問題に行き着いてしまう。一向に答えの見えない話題は僅かな間を齎すが、それより、と尋ねる佐為の憂慮が俺に向けられていた。
「ご結婚はなさらないのですか? 今更ながら独り身のようですが……」
「ああ。別に一人で困ってないから、必要がないってとこだ」
「しかし睦まじい女性もおられることですし、娶られれば生活も充実なさると思うのですが」
やけに結婚を薦める佐為はまだ、現代と昔との違いがわからないようだ。
「そうでもないさ。さっきも言ったように、今は男も女も一人で生きていける時代になった。金さえあれば何も不足しないなら、俺は一人の方が気楽でいい」
事実、俺は今の生活が気に入ってる。仮に他人がここで共に住むことを想像するだけで嫌気が差すほど、一人の気楽さに慣れてしまった。……が、今の俺はここでこうして他人と話している。
「ということは、やはり私の存在は疎ましく思われますか?」
一人が楽だと言っただけで慎ましく気兼ねしてしまう、この男の存在は疎ましいかどうか。俺の気ままな一人暮らしを煩わせる程厄介な存在か……。
「……いや、そうは思わない」
願ってもいなかったこの状況は幸か不幸か。一人の碁打ちとしては無論、幸せと言えよう。しかし一人の男としては…………
「そもそも実体のない幽霊だし、苦にはならんな。佐為が嫌にならない限り居てほしいと思ってる」
幽霊だから、といったところだ。他人には見えない存在に俺の何が知られようと痛くも痒くもない。少し子供っぽいところはあるが、それを除けばしっかり空気の読める一人の大人だ。金のかかる我儘を言わない辺り犬より女より飼いやすい。正に優秀なペットだ。
「それなら安心しました。私の意思で消えることは叶いませんが、この先不自由を感じた時は、私は存在せぬ者として扱い下さい」
という具合に礼儀も備わってるのだから言うことなしだ。
しかしながら、ずっと思っていた。佐為は謙虚が過ぎる。というのは、俺と進藤の佐為との仲を比してみて。進藤との間には、そんな気遣いなかっただろ? だからsaiの名でネットに現れ、塔矢先生との対局も叶った。それがもう叶ったから俺には何も望まぬとでも言うのか?
「佐為、お前は何か勘違いしてるぞ?」
「勘違い?」
俺は佐為の存在にどれだけ感謝しているか、どれだけ敬っているかを、幽霊ではなく一人の大人に対して延々と述べてやった。
「まずお前を必要としてるのは俺だ。きっと、俺が世界一欲してた。お前の碁に誰より惚れてた。進藤の前ではつい大人気ない行動に出てしまった程だ。それでも行動せずにいられなかった。だから、佐為が俺に取り憑いたことは俺にとって願ってもない幸運だったんだ。俺がsaiに焦がれるあまり、念が通じてこうして佐為が憑いたと思ってる。やや傲慢だがな」
「貴方が、念じたから……?」
「佐為自身、こんなにも不思議なことが起こるんだ。念が通じた。あり得ない話じゃないだろう。だからお前が消えることを最も恐れてるのは佐為より俺だ。念だろうが偶然だろうが、せっかく俺に憑いたというのにさっさといなくなられちゃ困る。惚れ込んで尚魅かれて止まない碁打ちが、どんな形であれ今は俺の側にいるんだ。師として更なる高みへと俺を導いてくれる。少し前なら考えられなかったことだ。こうしてお前が現れなかったら、今頃は狐に化かされたものだと心の片隅にしまい込んでたはずだ。進藤以外、saiを知る皆がそう結論付ける他ないからな」
「まあ、そうなりますね。ヒカルが私の存在を周囲に明かしたとしても、誰も信じないでしょうから」
「ああ。でも俺は違った。俺は佐為を得たんだ。こう言ったら佐為は不満を持つだろうが、あえて言う。あのsaiが、佐為が俺のものになったんだ」
先程から自分でも歯の浮くような台詞をやけにつらつらと並べているが、正直それすらどうでもいい。佐為は誰にも見えない幽霊だ。
「私が、貴方のもの……?」
「ああ。すでに娶ったも同然だ。だから、佐為の我儘を聞くのも俺の役目だと思ってる」
「同然、といえるほど囲碁以外ではお役に立てませんよ?」
「言ったろ? 生活は特に困ってないと」
「はあ……」
まるでプロポーズだ。こんなにも熱く語る自分に酔ったか、それでも控えめな佐為に対し、懐が深く大きくなっては最早碁の王にでもなったつもりか。
「佐為、言ってくれ。お前の望む全てを」
「私は特に……碁が打てれば何も要りません」
少し面白くなかった。何故俺には我儘を言わないのか。
「進藤には、ネット碁を強請ったんじゃないか? 俺とばかり打っても飽きるだろう?」
「しかしネット碁も、あまり噂が行き過ぎると難しいものがありますし」
「なるほど、saiの失敗はそこだな。初めから最後までsaiの名で通したことだ」
「え?だってそうするしか……」
「方法はある。対局の度に名を偽ることも出来れば、国籍を騙ることも可能だ」
「そんなことが、出来るのですか?」
「まあそこまで難しい話じゃないだろう。何なら今電話で訊いてやる」
「え……」
パソコンに通ずる知り合いに頼めばどうとでもなるだろう。なんなら業者に頼めばいい。
「俺ならやってやれるが、どうする?」
金があるとはそういうことだと、自嘲気味にほくそ笑んだ俺は、目の前で持ち上がる佐為の晴れやかな顔を見た。
「はい、是非! 何卒! フフフフ?♪」
一頻りはしゃぎ回った彼は、改めて俺のすぐ手前で腰を下ろし、更なる歩み寄りを図ってきた。
「私も、貴方のことを少し誤解していたかもしれません」
「誤解?」
「ええ。貴方のことはヒカルに憑いた時から見てきたつもりです。一見怖いといいますか、怒らせてはならぬというオーラが放たれていて、ヒカルと一緒に私もつい萎縮していました」
言われてみればそう見られているのだろう、と自身の態度や言動を顧みれば、きっと要らぬ愛想を零さないことに起因している。今更どうしようとも思わないがな。
「まあ、誰にも優しくしようなどとは思ってない」
……それが緒方精次だ。
「そうですね。でも、貴方はこうして私の我儘を聞いてくれるというのだから、すでに一つ聞いていただけたのだから、私にとってはとてもお優しい方です。貴方の碁から芯の強さも知った今は、私も貴方に憑いたことを嬉しく思います」
長いプロポーズの返事はどうやらイエスらしい。何と言うべきか、ただ悪い気はしなかった。
「フン、両想いか。じゃあ何も問題ないな」
それなら……とついでに臨んだ歩み寄りに最早照れも恥じらいもなく、佐為は俺のもの、言った瞬間から俺の心は丸裸だ。そもそも俺に嘘など必要ない。
「ちなみに、俺のもう一つの願いも聞いてくれるか?」
「ええ、なんなりと」
「佐為の髪に触れてみたい」
今まで幾度とちらついた率直な気持ちをストレートにぶつければ、自らの髪に触れた佐為は地味に戸惑っている。
「髪……ですか? 構いませんが、でも幽霊には触れないでしょう」
そう、そこだ。布団から伸ばした指先に、掌に、視界の中では確かにその髪とぶつかっているがどうやっても透き通ってしまう。何の障害もなく髪の向こうに突き抜けてしまう。
「やはりダメか……。一度触れてみたいんだがな」
束ねられたこの一本一本が実在するとしたら、果たしてどんな手触りか、どれ程の重さか、どんな匂いか、一度この手に掬ってみたかった。いっそ実在してくれたら……淡い夢を抱いた。
「フフ、不思議なお方ですね。髪に触れてみたいだなんて」
「可笑しいか?」
「ええ。可笑しい」
佐為は笑っていた。口許に軽く握った拳を当て、クククと喉を揺らしながら傍らで微睡む俺を見ていた。つられて唇が綻ぶ俺を、それをフッ、と鼻で笑い飛ばす俺を見て、尚微笑を浮かべていた。
何故だろう……安らかで緩やかで、ほんのりと温い時間だった。



翌日、saiとは別の名でネット碁に暮れた。俺は佐為の実力は元より、楽しさに耽る彼が零す沢山の多様な表情に少しずつ、砂時計の砂がさらさらと溜まるより静かに静かに少しずつ、惹かれていたのかもしれない――――。