the flying bike


――――自分の何か。バスケットマンを益々極める親友を横に、彼らは日々頭を抱えていた。
人生そのものに繋がる広大の過ぎるテーマを、彼らは今日も膝を交え、雀卓を前に語り合う。おっぱいやセックスなどとあまり関係ない単語も飛び交う中で、それは身の程を踏まえない案の限りを尽くす。
熱く論を交わし合えば時に口論にもなった。結局殴った。殴られた。寝た。そして堂々巡りの末、洋平のチョンボ発覚と共にやっと決断に至ったのだった。
「決めたからにはやるぜ。いいな?」
翳した手を陣中に重ね、彼らはその決断に、これから努力の一切を弛まぬことをここに誓った。
四人で見出した彼らの何か――――それは花道に負けない程の天性の素質がすでに仄めいていたようにも思われるが…………。



――――一ヵ月後。天井からでかでかと吊るされた『第◯回新人お笑いオーディション』の看板の下、静まる客席を前に、今日のラスト挑戦者を告げるアナウンスの声に続いて間もなく幕が開いた。四方八方から飛ぶ真っ白なライトに浮かぶ、広々としたステージ上に今、彼らは現れた。…………いや、まだ姿の見えないそこに、舞台袖からブイイインと轟くエンジン音だけが響き渡った。
「お、音響か……?」
怪訝に呟く客席の声。 登場前の演出に周囲はざわめき立つが、最前列中央の発した咳払いですぐに沈黙が広がる。それは"審査員"と名票の置かれた長テーブルで、表情を崩さず頬杖を着き、ペンを片手にじっと目を光らせていた。いかにも業界風を吹かせ、揃って小難しい顔を浮かべる五人。質を見定める肥えた瞳はお笑いとは程遠い、笑いに飢えたハンターの目をしていた。
それが次の瞬間、大きく目を剥いたのだった。
「………………」
またもブイイインと豪音をがなり立て、遂に姿を現したのは安っぽい原付で、そこに曲芸の如く乗り込んだ学ラン姿の四人組……上手から躍り出たところ、四人の学生はステージ中央に降り立った。
「ショートコント、空飛ぶ原付」
野間が第一声を上げるなり、彼らは速やかにそれぞれの配置に着く。洋平が原付に跨り、その数歩手前に高宮が寝そべる。その丸々と盛り上がった腹が眩いライトに照らし出される中、じっと前方を見据える洋平がエンジンをかけ、いざ発進とばかりにハンドルを握り締めたところで突如、高宮が跳ね起きた。
「ちょっと待て! なんで俺がこの役なんだよ!」
息荒く洋平の前へ詰め寄るなり、遅まきのノリツッコミを声高に放つ。
洋平は潔く原付を降りた。沈んだ表情で高宮の肩に手を置き、神妙に反省の弁を述べたのだ。
「悪かったな高宮。じゃあ俺が寝るから、高宮は原付飛ばせよ」
そう親指で背中の原付を指してから……
「高宮、一つ言っとくが、飛べない豚はただのデブだ」
かっこ良く告げる洋平に、「そうか、悪かったな」と原付に手を掛けた高宮は透かさず……
「……ってなんだよオイ!」
ベタベタなツッコミのあと、「待て洋平!」そこに今度は大楠が割り込んできた。彼は早速中央に寝そべる洋平を支え起こすなり、フワフワに仕立てた前髪が触れるほど顔面へ詰め寄ると、顔を真っ赤にしながら熱い口調で訴えた。
「なあ洋平、ここは俺にやらせてくれ。俺、こんなことでしか役に立てねぇ気がすんだ。だって……赤は止まれ。青は進め。黄色はそのどっちでもねぇだろ?」
そう切実な目で自身の金髪を指して見せると、続いて野間も割り入ってきた。
「待て大楠、飛ばない俺はただのヒゲだ。ヒゲはヒゲらしく飛ばねえってな」
そう自身の口ヒゲに親指で触れ、悠然と歩み寄った彼は大楠の肩にグイと腕を回す。
「俺にやらせてくれ。俺のヒゲは、不死身なんだ……」
渋く声を掠める野間に、大楠は「忠……」と涙を誘うべく表情を崩す。野間の肩に手を、その手を忠が引き寄せ、二人は熱く抱き合った。
「忠テメェ……!」
そこに涙を浮かべた洋平も加わり、三人は熱い抱擁を交わした。
まるでお涙ちょうだいの友情劇を高宮は一人、原付に跨ったまま眺めてていたが、彼は静かに原付を降りると、悄然と三人の許へ歩み寄った。
「なあおメェら……」
高宮は手前で立ち止まるなり、そっと視線を落とし、三人に更なる友情を捧ぐ。
「おメェら悪かった。俺、ただのデブなのにな。やっぱりこういう汚れは俺の役だよな。黄レンジャーがカレー拒否しちゃいけねぇもんな。なんつーか俺……調子に乗ったよ。デブのくせに」
そう客席にも熱く訴えたところでなんと、突如ステージが打ち切られてしまったから皆が豆鉄砲を喰らった鳩と化した。
え? え? と慌てる四人。どよめく観客。空飛ぶ原付と共に忽ち舞台裏へ連れ出された彼らは、その後スタッフから打ち切りの理由を告げられた。そして、夢への入口であった初舞台を後にしたのだった。



「なあ洋平さんよぉ……」
帰りの電車で、大楠が嫌味たらしく洋平を横目に睨む。
「へいへい、悪かったよ」
洋平の軽い平謝りのあと、今日の反省会は西日射しこむ電車の中で始まった。横並びに陣取った席で、周囲を顧みない大股開きの大楠が益々苦り切っていた。
「ったく、チョンボは麻雀だけにしろっつの」
「まあ、確かに提示は免れねぇからな」
「でも俺のセリフで切ることないよなぁ」
そう高宮も続けば、好き好きに文句を垂れる彼らに洋平も漸く口を挟む。
「つったって、そもそも登場の時点でダメだったじゃねぇか。公衆の場で四人乗りはねぇっつったろ?」
「まあな」
「まあ、ネタだって結局、ダチョ◯倶楽部のパクリだしな」
「だからって免許偽装はねぇだろう。出場取り消しで済んだからよかったものの、下手すりゃまた停学だぜ?」
野間の尤もな忠告には洋平も何も言わなかった。また停学……という言葉が四人を益々俯かせ、長い不穏の沈黙が日曜の車内を曇らせた。
やがて、下車駅の近付いた頃に洋平が素っ気なく、ぼそりと呟く。
「でも俺、楽しかったぜ……」
間もなく開いたドアから、先に降りた洋平の片頬に赤の夕波が透けていた。そこに暖かな潮風がそよめき、三人の頬もほんのり染まる。洋平のにべない背中を前に、三人は小さく肩を揺らしていた。
「さてと、花道んとこ行こうぜ」
大楠が朗らかに言って、彼らは県立湘北高校へと足並み揃えて帰って行った。

「おうオメェら、何してたんだよ」
体育館前には今部活を終えた、すでに自分の何かを全うする親友が立っていた。
四人はにやにやと歩み寄るなり、汗臭い花道に早速擦り付く。両脇から、両方の腕にがっちり腕を回し、背中からは高宮が抱き付いた。
「な……気持ち悪ぃな、やめろテメェ!」
そうふためく花道を囲い、五人で下校を共にした。結局自分の何かを見つけられないまま…………。
「なあ花道ぃ、俺ずっとお前の応援するぜ」
「ああ? なんだよーへー、気色悪りぃ」
「いや、俺だってどこへでも付いてくぞ」
「いや、俺もだ。なんならアメリカだって付いてく」
「何をおっしゃい、俺は墓場まで付いてってやる」
「………? 何かあったかテメェら」
生温かなオレンジ色の友情に咲く、その背後に今、徐々に近付いてくる人影。校庭の砂利も弾む軽やかな足音…………。
「おーい、桜木くぅん!」
飛び込んだ麗らかな声に、まるで条件反射の如く踵を返した花道は咄嗟に引き返していった。四人の暑苦しい腕を擦り抜け、一目散に走って行ってしまった。
「花道ぃ…………」
四人が振り向いた先にはデレデレとはにかむ春満開の笑顔。彼女のためならどこへでも付いて行きそうな犬の如く。意中の人には脂下がるだけの花道に対し、その友情を乞う四人の瞳はお笑いとは程遠い、熱い嫉妬の光を放っていた。