Get out of cities!


それには資格が必要だと言われた。
最強の腕っ節。最速の逃げ足。最高のリアクション。そして、綺麗な心と汚れた体――――。
……ってまぁ、なんのこっちゃねぇ。つまるところ喧嘩と馬鹿が出来りゃあそれでいいって話だ。この隙のない筋肉、長身に備わる長い足、イカした顔に合わないギャグセンス……校内の鏡を覗けばいつもそこにイケメンがいる。即ちシカクとやらを備えた俺は、今日、ヤツらの仲間入りする。全ては持て余した暇と若さを発散するため、和光中最強にして最凶の四人が陣取る第二校舎屋上へ、そこへと続く階段にいざ一歩を踏み出した。
最上階のドアを開ければほら、青空の下、屋上を囲うフェンスに並んで腰掛けた四人が俺をニヤニヤと見下ろしている。下半身と頭が別の思考を持つこの俺が言うのもなんだが、初対面の同級生に対するこの下品な笑み、このヤニ臭さ……反吐が出るぜ、ったく。
本題に入る。
「てめぇらよぉ、暇持て余してんならこの俺……」
「なあ、あの女、抱けっか?」
俺の申し出を遮ったのはあのスカした男、水戸だった。片耳に突っ込んでいた小指にフゥと息を吹きかけ、その流し目で示した先には女がいた。巷でヤリマ○だと噂の女子高生が校門前を通り過ぎて行った。
……なるほどね。早速この俺を試してるというわけだ。留まるところ童貞か否か。女も知らねぇ中坊に用はねぇってことだ。しかし真っ昼間からエロスとは、さすが俺が見込んだだけのことはある。思わず鼻で笑っちまうが、見下してもらっちゃ困る。童貞ってのはよぉ、中二で捨てるもんなんだぜ。
「やりゃぁいいんだな。わーったよ」
茶髪のストレート、スレンダーなその後姿に笑顔で迫れば、あとはスムーズに事は運んだ。会話もほどほどに、一通りおべんちゃらさえ並べたらすぐそこの公園へ。公衆トイレの奥の個室で…………他愛ない。いつもやってることだ。
時間にして小一時間で戻ったことには流石のヤツらも驚いていた。涼しい顔で再び屋上に立つ俺をまるで食い入るように見つめていた。恐れ入ったか。そこいらの不良とはちげぇんだよ、とついしたり顔を浮かべた、その時だった――――――。
「か、痒い…………」
かいい、かいい、かいいよ。おいかいい、かいいかいいかいいかいいかいいかいい!!
――――――――チ○コが痒い!!
ヤツらは発狂する俺を前に今にも噴き出さんばかりに、いや、すでにコーラを噴き出しつつ見下ろし、ゲラゲラと馬鹿笑いで盛り上がりながらこんなことを語っていた。
「だから言ったろ忠、ヤリマ○ってのはつまりそういうことなんだよ」
「もう慣れてやがんだ。気付いてすらいねぇんだぜきっと」
「げーっ、じゃ俺の負けかよ!? ったく早く治せっつの」
野間が苦り切った顔で財布を取り出すと、生やし始めの髭をへの字に曲げ、三人に一枚ずつ漱石を渡していた。
「治せったって、そもそも忠じゃヤらしてくれねぇだろ? ヤリマ○だって相手は選ぶさ」
「おいそれどういう意味だ高宮! そういうお前だって童貞どころかデブじゃねぇか! ぁあ?!」
…………最低だ。下衆だ。あいつら如何にも童貞のくせに、この俺で賭けをしやがった……………。
キレた俺は透かさず拳を握り締めるが、怒りで目の前が真っ赤に染まったのも束の間。それは強烈な痒みによって瞬時に消し去られた。
「クッソ、あー痒い! かいいかいいかいいかいい!」

それから俺が病院へ直行した後も、ヤツらは相変わらず街を追われる日々を送っていた。学校を、パチンコ屋を、雀荘を、女子校を。今度は何をしでかしたか。他にやることはないのか。
そんな刺激に事欠かない日々を眺めては俺も仲間入りを申し出た次第だが、とても勘弁だ。だってまだこんなにも痒い。薬塗っても痒い掻いてもかいいだぁぁぁかいいかいいかいい!
「クソッ! アイツら……今すぐこの街から出てけ! もう二度とあの屋上から降りてくんな!」

やがて病院通いも終えたある日のこと。今日もパチンコ店を追い出された四人は賑やかに道の真ん中を闊歩していた。ポテトチップスをボロボロと零しながら、近所の迷惑も顧みず下品な談笑に花を咲かせているところを偶然目撃した俺は、少しばかりその後を跟けたわけだ。高くついた治療費をどうふんだくってくれようかとタイミングを計っていた。
だいたい、何が最強の腕っ節だ、綺麗な心だ、ならそのシカクとやらを見せてもらおうと、俺は黙って四人の背中を追っていた。
すると角を曲がったところで突如四人が立ち止まり、倣って俺も足を止める。そしてその背中越しに、日中にそぐわない場面を目撃する。
「……倒れたんだ! どいてくれーっ!!」
嘆きにも似た男の叫びだった。取り囲う囲う高校生八人を相手に、派手な赤頭が放免を請いながら一人をド派手にぶっ飛ばしていた。死に物狂いの形相からは鋭利な目が剥き、同じ学ランを血と泥で汚し、親父云々を叫びながら、目に涙を浮かべながら必死に拳を振り翳していた。
喧嘩の理由こそ知らないが、横並びに傍観する四人も知り合いではないようだ。
最初に口を切ったのは野間だった。
「あいつは確か……六組だぜ? 一昨日転校してきたヤツだ」
「一人二人………八人か。はっ、相当なヒキョー者だな」
大楠が高校生を数えると、見た目も喧嘩も派手な転校生に四人は今一度目を向ける。そこに零れる落ちる涙と汚れた拳が映り込むなり、ニヤリと口角を持ち上げる。間もなくして、いつまでも止まない乱闘の中へ彼らは一斉に飛び込んでいった。
「……………」
後ろで一人立ち尽くした俺は、急遽目の前で展開した八対五の乱闘をただ茫然と見守っていた。
知らない高校生に殴られる大楠を、やり返す野間を、倒れた背中を全体重で封じる高宮を。そして、「早く行け」と、飛びかかる拳を受け止めながら赤い髪に促す水戸を。そして、急な援護に唇を噛み締めつつ、振り切って俺の横を擦り抜けてゆく赤い髪を。
…………俺はこの目でしかと見届けていた。
あの、桜木軍団結成の瞬間を――――――